コラム

気象予報AIはスパコンの天気予報より優秀? Google関連会社の10日間予報が精度とスピードで圧倒

2023年11月24日(金)15時55分

もっとも、当初の数値天気予報は精度が低く、あまり当たりませんでした。計算処理能力の問題で格子を細かくすることができず、従来の物理方程式にプラスする条件付けの部分(〇〇という条件のときはこの数値を掛け合わせる、など)がそれほどうまくは設定できなかったからです。

コンピューターの性能が上がり、地球物理学が進歩するにつれ、研究者たちは計算に使うデータを全地球規模に広げ、格子を細かくしていき、基本となる物理方程式と条件付けが適切になるように「気象の数値シミュレーション(気象モデル)」に改善を加えていきました。それとともに、気象モデルを実践的に使った数値天気予報の精度は高まっていきました。

比較検証で分かったAI気象予報モデルの強み

今回、Google DeepMindの研究チームは、新興勢力の機械学習によるAI気象予報モデル「GraphCast」が、60年以上の歴史を持つパソコンによる数値シミュレーションモデルに匹敵するのかを調べました。比較対象は、欧州中期気象予報センターが運用する世界最高クラスの高分解能大気予測モデル「HRES」です。

GraphCast は数値天気予報とは異なり、物理方程式の変わりに過去40年の気象データをベースに、因果関係(〇〇という状態であれば、次に××になる)に基づいてトレーニングされています。

新たに天気予報をするときは、6時間前の天気と現在の天気の状態の2セットのデータをもとに、6時間後の天気を予測します。このプロセスを繰り返すことで最大10日間の中期天気予報まで可能となっています。

10日間の予報を比較検証した結果、気温、平均海面気圧、湿度、風速、風向などの地表面と大気の状態を示すテスト変数1380個のうち約90%でGraphCastはHRESの予報を上回ることができました。さらに評価を天気予報で最も重要な対流圏近傍(地上6~20キロメートル)の大気に限定すると、AIの予測は99.7%でHRESを上回りました。

実際の運用でも、本年9月に北米を襲った大型ハリケーン「Lee(リー)」のノバスコシア州(カナダ)上陸を、従来の数値天気予報より3日早い、9日前に予測することができました。

GraghCastは予報にいたるスピードにも優れています。「HRES」は10日間予報のための計算に数時間かかるのに対して、GraphCastは1分以内で予測を完了します。計算に使うエネルギー消費量も、GraghCastはHRESの約1000分の1と見積もられています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルが軍事施設数十カ所攻撃、イランからもミサ

ビジネス

欧州投資銀、融資枠1000億ユーロに拡大 防衛強化

ワールド

ガザの水道システム崩壊、ユニセフが危機感 銃撃や空

ビジネス

中国歳入、1─5月は前年比0.3%減 税収・土地売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 3
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 4
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 5
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 6
    全ての生物は「光」を放っていることが判明...死ねば…
  • 7
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 8
    下品すぎる...法廷に現れた「胸元に視線集中」の過激…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 8
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 9
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 10
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story