コラム

127℃、大気圧下で超伝導が成功? 超伝導研究の成果が「もし本当なら画期的」と疑ってかかられる理由

2023年08月02日(水)23時00分

今回の研究成果が端から疑いの目で見られていた背景には、一気に100℃以上も最高記録を更新しているという理由以外にも、超伝導の最高温度の更新にはデータ捏造が疑われる研究が蔓延していることがあります。

物理化学界の最悪の科学スキャンダルとされる「シェーン事件」は、後に科学における不正行為の代名詞となる事件です。

ヤン・ヘンドリック・シェーン氏は、米ベル研究所で有機物による高温超伝導で画期的な成果を挙げていました。70年生まれのシェーン氏は、わずか3年の間に世界で最も権威があるとされる学術総合誌「Nature」「Science」に計16本の論文を発表し、若きノーベル賞候補ともてはやされましたが、後に「Nature」「Science」を含む63本の全ての論文でデータに捏造があることが判明しました。シェーン氏は弁明しましたが、追試で結果は再現できず、論文は掲載誌から取り下げられました。氏は職場を追われ、博士号も剥奪されました。

20年には、米ロチェスター大のランガ・ディアス准教授らの研究チームが「世界初の室温超伝導」に成功したと主張しました。メタン、硫化水素 、水素にメガバール領域の圧力をかけると約15℃で超伝導を示した、という研究成果は画期的だったので、「Nature」に掲載されました。

けれど22年9月に、著者9名全員が論文取り下げに反対したにもかかわらず、編集者権限でこの論文は取り下げられました。データそのものが疑わしいこと、他の研究者が再現できなかったこと、検証のためのデータ提供の呼びかけに著者たちが不誠実な対応をしたことなどが理由でした。さらに、室温超伝導の論文の著者の一人は、09年に元素のユウロピウムがマイナス271.4℃で超伝導状態になったとする論文を「Physical Review Letters」誌に発表したものの、21年にデータの不完全さを理由に取り下げられた経験もあったため、より疑わしいと思われました。

ディアス准教授らは本年3月にも室温超伝導に関する論文を「Nature」に掲載しましたが、過去の経緯から研究成果には多くの懐疑的な目が向けられています。

紙の上だけで査読される学術論文

科学技術の研究成果には、再現性が求められます。特殊な装置や技巧的な実験手法などが使われたとしても、疑われた時は本人が公衆の面前で再現して見せるか、他の研究グループが追試に成功することが必要です。しかし現状は、学術論文は紙の上だけで査読(審査)されるので、理論的な破綻や実験手法に瑕疵(かし)がない場合は、研究の新奇性やテーマの重要性だけで掲載が決定されがちです。

かつての研究者は、成果の一番乗りを横取りされないために、論文が掲載された学術誌が出版されるまでは内容をひた隠しにしました。けれど現代は、オンラインで誰もが情報を発信できる時代です。今後は一番乗りの主張も兼ねて、審査する研究者が同席のうえで、実験手法やデータをネットでライブ公開することを義務付けることも必要となってくるかもしれません。

今回の大気圧かつ127℃で起きる超伝導も、そのような場を設けられれば、手軽に成否を見極めることができるかもしれません。世界のエネルギー問題の解消のために、追試が成功し実社会で活用されることを願ってやみません。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

テスラに2.43億ドルの賠償命令、死傷事故で連邦陪

ビジネス

バークシャー、第2四半期は減益 クラフト株で37.

ビジネス

クグラーFRB理事が退任、8日付 トランプ氏歓迎

ビジネス

アングル:米企業のCEO交代加速、業績不振や問題行
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    オーランド・ブルームの「血液浄化」報告が物議...マイクロプラスチックを血中から取り除くことは可能なのか?
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 5
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 6
    メーガンとキャサリン、それぞれに向けていたエリザ…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 9
    ハムストリングスは「体重」を求めていた...神が「脚…
  • 10
    スーパーマンが「明るいヒーロー像」を引っ提げて帰…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 5
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 6
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 7
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 8
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story