コラム

マジックマッシュルームをアルコール依存症の治療へ 転用の歴史と問題点

2022年08月30日(火)11時25分
マッシュルーム

アメリカでは合法化に向けた動きも活発に(写真はイメージです) Yarygin-iStock

<古くは『今昔物語』にも登場。うつや頭痛に効くとして近年注目を集めているマジックマッシュルームだが、今度はアルコール依存症の治療に役立つ可能性が示唆された>

近年、アメリカやイギリスでは、違法ドラッグのマジックマッシュルームをうつや頭痛などの治療に役立てようという試みが注目を集めています。

マジックマッシュルームは、シロシビンやシロシンという成分によって主に幻覚症状を示す毒キノコの総称です。世界中に広く自生し、200種以上あります。一般の摂取を厳しく取り締まっている国が多いですが、幻覚症状の重症化や死亡はまず起こらないと考えられていることから、適量投与で薬として転用できないか期待されています。

24日に科学専門誌『JAMA Psychiatry』に掲載された研究では、シロシビンが新たにアルコール依存症の治療に役立つ可能性があると示唆されました。最新の研究とマジックマッシュルームの歴史を概観します。

被験者の飲酒量は8カ月以内に83%減

日本人の飲酒人口は約6000万人です。世界保健機関(WHO)の算出によると、このうち、自らの意思で飲酒行動をコントロールできないアルコール依存症の患者数は26人に1人、実に230万人にも及ぶと推計されています。

アルコールによる健康被害は、急性アルコール中毒など飲酒が直接関わるものだけでなく、肝疾患や長期的な生活習慣病にも及びます。米国内の全死亡例の99%以上が登録されている疾病予防管理センター(CDC)によると、同国では毎年9万5000人がアルコールの過剰摂取が原因で死亡していると言います。アルコール依存症とアルコールによる健康障害は、想像以上に身近で深刻です。

今回、ニューヨーク大グロスマン・メディカルスクールが率いる研究チームは、アルコール依存症の男女93人を対象にシロシビンの効能に関する実験を行いました。参加者は、検査前の12週間で4分の3以上の日は飲酒しており、さらに2分の1以上の日は大量飲酒(男性で5杯以上、女性で4杯以上)をしていました。

実験の結果、心理療法とともに2回のシロシビン投薬を受けた人の飲酒量は8カ月以内に83%減りました。対して、偽薬の抗ヒスタミン剤を投与された人の飲酒量は51%減りました。

シロシビンの投与を受けた被験者には、頭痛や吐き気、不安感といった軽度の副作用が偽薬を与えられた人たちよりも多く見られましたが、自殺願望や激しい嘔吐といった重大な事象の発生に差異はなかったと言います。

同大ランゴーンサイケデリック医学センターのミハエル・ボーゲンシュッツ所長は、「シロシビンによるアルコール依存症治療の効果は、既存の薬物で報告されたものよりも大きく、重大な安全上の問題も検出されなかった」と語ります。ただし、「シロシビンには血圧や心拍数の上昇や、トリップなどの精神作用があることから、慎重な監督下での服用が重要だ」とも付け加えました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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