コラム

死んだブタの細胞と臓器を回復させる新技術「OrganEx」と、ブタからヒトへの臓器移植元年

2022年08月16日(火)11時25分
ブタ

日本でも数年後にブタ臓器のヒトへの移植が承認される?(写真はイメージです) Fotosmurf03-iStock

<死後1時間経過したブタを「OrganEx」に6時間つなぎ、細胞や臓器の損傷の度合いを観察。体外式膜型人工肺(ECMO)を利用した場合と比較したところ、効果には歴然たる差が>

哺乳動物の血流が止まると、臓器は急速に機能が衰えて回復不能な状態になります。体内に酸素や栄養素の供給などができなくなり、臓器がダメージを負うためです。このため、手術中の血流管理には、細心の注意が払われています。また脳死や心停止のドナーからの臓器移植では、摘出された臓器をいかに短時間で患者に移植して血流を回復させるかが重要になっています。

米イェール大ネナド・セスタン教授らの研究チームは、死後1時間が経過したブタの細胞や臓器の機能の一部を蘇生することに成功したと発表しました。独自開発した体外式膜型人工肺(ECMO)に似た装置を使って、死んだブタの血管に特殊な細胞保護溶液を循環させると、肝臓や腎臓などの機能の一部を回復させられたと言います。研究成果は、3日付の科学専門誌『Nature』に掲載されました。

◇ ◇ ◇


死後、数時間経った臓器を回復させる方法は、これまでにも身体から切り離された臓器を使った実験が行われています。セスタン教授らのチームも2019年にBrainExという装置を開発して、脳の機能回復を検証しました。

『Nature』に掲載された論文によると、研究チームはBrainExを使って、死後4時間経過した32頭分のブタの脳に特別な液体を6時間送り込みました。液体は、合成血液や脳細胞の死を遅らせる効果のある薬剤から構成されていました。その結果、通常と比べて脳細胞の死は減少し、血管と一部の脳機能は回復しました。

BrainExを6時間使用したブタの脳は、情報伝達を担うシナプスの働きが回復し、生きている脳と同じように薬物に反応したり酸素を消費したりすることが確認されました。けれど、意識や知覚を示す電気活動は観測されませんでした。つまり、「脳が生き返った」とまでは言えませんでした。

ただ、セスタン教授らは、身体から切り離された脳が意識を取り戻すことを懸念し、脳の活動を抑制する薬を投与しながら実験をしました。抑制剤を使わなかったり4時間より前に実験を始めていたりしたら、脳は意識を取り戻したのでしょうか?謎は残されたままです。

OrganExとECMOで効果を比較

研究チームは脳の実験をさらに進める前に、臓器の一部でなく全身、つまり死後しばらく放置された死体の臓器が機能を回復するかを研究することにしました。「血流不足の影響を最も受けやすい脳で細胞の機能が回復させられるなら、臓器移植で必要とされるような他の臓器でも可能なのではないか」と考えてのことだそうです。

今回は、BrainExを改良して全身に適用できるように開発した「OrganEx」を用いて実験が行われました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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