コラム

人工知能の反逆より人間のほうがよほど怖い。一番怖いのは頭でっかちのエリート

2016年08月16日(火)13時48分

denisgo-iStock.

<人工知能がいずれ人間に牙をむくかもしれないことより心配なのは、目的達成のためには手段を選ばない人間に人工知能を悪用されることだ。理詰めの思考を人工知能に譲り、もっと善悪の判断に敏感になれば、人間は崇高に進化できるかもしれない>

 人工知能(AI)や、それを搭載したロボットが進化し続ければ、いずれ自我を持ち、自分たちを守るため人間に牙をむくようになるのではないか。こうしたAI反逆説って特に米国で盛んで、AIが旬な話題になってきたことで、米国のニュースメディアやブログなどで、こうした議論を頻繁に見かけるようになってきた。

 僕はこれまでに日米のトップレベルのAI研究者を20人以上取材してきたが、結論から言うと、ほぼ全員がAI反逆説を頭から否定していた。

 でも研究者って僕のように評論家のような無責任でテキトーなことは言わない。なのでほとんどの研究者は「今はAIの研究がようやく前に動き出したばかりの段階。こんな初期段階でAIが反逆するようになるかどうかなんて、とても予測できない」というような表現だった。

【参考記事】AIが招く雇用崩壊にはこう対処すべき。井上智洋著「人工知能と経済の未来」【書評】
【参考記事】AI時代到来「それでも仕事はなくならない」...んなわけねーだろ

 僕は研究者じゃないんで、もっと踏み込んだ表現を使わせてもらうけど、AIの反逆説とかいうSFチックな議論て不毛だと思う。その理由は2つ。

 1つは、人間の脳ってまだまだ分からないことだらけ。分からないことだらけだから、「心」「意識」「自我」なんて概念を、脳科学的に定義することもできない。定義できないものをコンピューターで実装するなんてことは、もっとできない。

 人間は末梢神経系を含む全身に「自我」があるという考え方もあるし、「腸」こそが「脳」をコントロールしているという説もある。人間は大脳新皮質の思考脳で判断するのではなく、大脳基底核で直感的に判断するという主張もある。「心」なんて錯覚で、体が勝手に反応したことを自分の意思で動かしたと勘違いしているだけ、という話もある。

【参考記事】人工知能、「予測」を制する者が世界を制す
【参考記事】「スーパー人工知能」の出現に備えよ-オックスフォード大学ボストロム教授

 AIが発達すれば思考脳に関してはAIのほうが人間より優秀になるだろうから、人間を人間たらしめるのは「心」「意識」「自我」ということになると思う。なので、これからこうした領域の研究が進むのだろうけど、果たして全容を解明できるようになるのだろうか。「宇宙」と「人間」って、突き詰めれば突き詰めるほど宗教的な話になる。それほど奥が深い領域なので、21世紀や22世紀くらいで解明できるレベルの話ではない、というのが僕の考えだ。

人間による悪用が先

「いやいや心なんて解明できなくても、自分を守るようにAIをプログラムすればいいだけ。そうすれば、結果的に人間に牙をむく可能性がある」という主張もある。でもそれならそのプログラムに「ただし人間を守ること」という但し書きのようなコードを書き込めばいいだけだと思う。

 この議論が不毛だと思う2つ目の理由は、AIが自我を持つようになるほど発達する前に、悪い人間がAIを悪用する可能性があるから。そっちのほうがより現実的で、すぐにでも起こりうる脅威だと思う。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

クックFRB理事の解任認めず、米控訴裁が地裁判断支

ワールド

スウェーデン防衛費、対GDP比2.8%に拡大へ 2

ワールド

WHO、成人の肥満治療にGLP-1減量薬を初めて推

ワールド

米長官、イランのウラン濃縮計画「完全解体を」 IA
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story