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ポートランドが映す「これからのアメリカ」──ローカルが示す新しい生き方のヒント

山本彌生|アメリカ

なぜ不況下でも「ローカル店」は選ばれ続けるのか【賃金停滞の消耗戦を勝ち抜く「巨大化しない経済」の生存戦略】

Photo | Courtesy of KATU

「物価高だから、消費が冷え込むのは仕方ない」

そんな言葉を、私たちは現状維持の免罪符にしていないでしょうか。今、世界を覆っているのは共通の苦悩です。

とはいえ、日本やオレゴンが直面している真の課題は、物価の上昇そのものではありません。

それに追いつかない「賃金の低さ」という構造的な停滞にこそ、本質があるように感じています。

アメリカ西海岸といえば高給取りのイメージが強いかもしれません。しかし、実はオレゴン州の最低賃金は、西海岸3州の中で一番低い水準に留まっています。

この「低賃金と物価高の板挟み」という苦境。これは、現在の日本が置かれている環境と驚くほど似通っていると考えます。

しかし、この厳しい閉塞感の中で、それでもなお人々から選ばれ続けている店が数多くあるのです。

現在のポートランドは、ダウンタウンの喧騒を離れた先に、「ニッチなこだわりが日常へと溶け込んだ」市民の暮らしが深化する景色が広がっています。

過度な注目が削ぎ落とされた今、なお人々を惹きつけてやまない理由はどこにあるのか。

「たかが100円」という選択にこそ、ビジネスの本質と個人の生存戦略が凝縮されています。その「選択」が未来をどう変えるのか。ここから紐解いていきましょう。


newsweekjp_20260224030853.jpgPhoto |Courtesy of Salt & Straw


「2割高くても納得」させる、五感の戦略

著者は長年、ポートランドのローカル経済と文化を定点観測してきました。

例えば、地元密着型スーパーの代表格「ニュー・シーズンズ・マーケット」。ここに集まる人々には、ある共通点があります。

通常のスーパーマーケットより約2割ほど価格が高くても、納得してここでの買い物を選択しているのです。

店内に入ると、アメリカの典型的なスーパーにある人工的な香料は一切感じられません。そこにあるのは、季節のフルーツ、量り売りの野菜、さらにはオーガニック製品や焼き立てのパンが放つ混じりけのない優しい香り。

筆者はこの現象を独自の視点で分析し、その核心を「未病」と「フィールグッド(心地よさ)」という二つの概念で定義しました。

同スーパーが提示しているのは、単なる食材の調達ではありません。買い物のプロセスそのものが、顧客自身の心身を整える「主体的セルフケア」になっていると考えます。

私自身、この未病という言葉には、単なる身体の健康を超えた、心身共に調和が取れた状態という意味を見出しています。

心身の病を未然に防ぐ考え方を日常に組み込んでいく。自分で自分の機嫌を良くする(フィールグッド)という実感。これが、あえてこの店を選ぶ最強の動機付けとなっているのだと感じます。

人間中心の設計は、働く側の構造にも貫かれている。そんなユニークな例を紹介しましょう。

オレゴン発のアイスクリーム店「ソルト&ストロー」を訪れると、誰もが童心に帰るような高揚感に包まれます。純粋に「食を愛でる」という体験を具現化したこの店舗は、美味しさと楽しさが幸せな形で融合した場所です。

地元近郊の素材に徹底してこだわり、一人の担当者が試食から会計までエスコートする「レストラン方式」を採用。顧客に寄り添うこの姿勢は、単なる接客を超え、地域市民との深い絆を生んでいます。

また、ここで印象的なのは、試食の際に手渡される小さな「金属製のスプーン」です。使い捨てのプラスチックではなく、何度も洗って大切に使い続ける。リサイクルと環境への敬意が、その一口に溶け込んでいます。

さらに画期的なのは、アイス屋としての「チップの導入」ではないでしょうか。これにより、働く人の意欲と収入を同時に引き上げ、生活と質を底上げすることに成功しました。

これは冒頭で触れた「構造的な低賃金」という課題に対し、現場から生まれた具体的で力強い解決策の一つです。

newsweekjp_20260224034731.jpgPhoto |Courtesy of New Seasons Market


単なる「ジャンル分け」では辿り着けない、強い「ストーリー」を編み出す編集の力

さらに、2027年開業予定の「ジェームス・ビアード・パブリック・マーケット」にも注目しています。

レストラン界のアカデミー賞として有名な「ジェームス・ビアード賞」。その名の主であるジェームス・ビアードは、実はオレゴン州の出身!このプロジェクトは、彼が長年夢に描いてきた「室内食品特化型マーケット」を具現化するものです。

著者がこのプロジェクトのトップから個人的に話を伺った際、「整合性、ストーリー」という言葉が非常に印象的でした。

このマーケットが私たちにくれるヒント。それは、店を単なる「点」として集めるのではなく、マーケット全体を一つの有機的な「ストーリー」として成立させる緻密な組み合わせの妙です。

ここでは、違う文化、違う背景を持つショップ同士が、あえて隣り合わせになるよう意図的に配置されるとのこと。すなわち、「顧客の動線に基づいた、相互に補い合う物語性」が設計されているのだと。

例えば、スパイス店の隣には、そのスパイスを活かせる食材の店が、その横には・・というように。この緻密な編集による知的な配置こそが、ローカルならではの強靭な武器になるのです。


newsweekjp_20260224034113.jpgPhoto |Courtesy of City of Portland


「あなたの100円」は消費か、投資か。

視点を、私たちの足元である日本に移してみましょう。

これからの10年、ミレニアル世代やZ世代が消費の主役に躍り出ます。2030年までには、彼らが世界の個人消費の約3分の1を占めると予測されています。

どこにでもある画一的な消費よりも、その背景にある「ストーリー」と「当事者意識」を重視する彼らの感性は、もはや無視できない潮流です。

安さや便利さというかつての合理性だけでは、人々の心を満たすことは難しくなっているのが現実でしょう。幸いなことに、日本でも東京を中心に、単なる効率を追求するのではない、地域の文脈を丁寧に編み直すような先進的な商業施設の試みが始まっています。

ポートランド近郊の地域に見られる健やかな活気。それは単なる海外の成功例ではありません。あなたが暮らす地域社会のあり方を考える上で、一つの大切な道標です。

巨大化することだけが、「これからの社会で」必要とされる成長ではないはず。

一人ひとりのフィールグッドを大切にし、小さな個性をストーリーとして結び直していく。そのような「血の通った経済」こそが、不安定な時代を生き抜くための確かな答えになるのではないでしょうか。

あなたが明日、どの店を選び。あなたの貴重な「100円」を何に託すのか。

誰かが決めた流行を追うのではなく、意思を持って消費を選択する。

そのささやかな意思の積み重ねが、あなた自身の生き方を形作り、やがて社会の景色を根底から変えていくのだと、私は確信しています。

 

Profile

著者プロフィール
山本彌生

ポートランド在住。グローバル・プランニング会社 PDX COORDINATOR代表。東京都出身。米国留学後、外資系証券会社とコンサルティング会社を経てNYと東京でNPOを設立。2002年に現社を起業し、オレゴン州より優秀起業社として認定される。日米の ビジネス・行政・学術・メディア・通訳 の『5分野を循環させる独自モデル』を構築。目的に応じたスタディ視察、カスタマイズ・プログラム、レクチャー等を多様な方々に向けて提供している。神戸学院大学客員教授。オレゴン州行政機関において、複数の役職を務めている。

Facebook:Yayoi O. Yamamoto

Instagram:PDX_Coordinator

協働著作『プレイス・ブランディング』(有斐閣)

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