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イタリア事情斜め読み

ヴィズマーラ恵子|イタリア

イタリア式国旗損壊罪の提案

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| 日本の改正議論とイタリアの現実

2025年現在、日本では「国旗損壊罪」新設をめぐる議論が続いている。現行刑法には外国の国旗や国章を損壊した場合の「外国国章損壊罪」(第92条)はあるが、自国の国旗(日章旗)を対象とする規定は存在しない。このため、自国旗への侮辱行為にも罰則を設けるべきだという意見が、与党や保守系議員の一部から出ている。

2025年10月には参政党が「日本国国章損壊罪」を盛り込んだ刑法改正案を参議院に提出し、議論が再燃した。ただし、自民党や日本維新の会が中心となって法案をまとめたという報道は確認されておらず、法案要綱や罰金額(10万円以下)、懲役の有無、政治的抗議とヘイト目的の線引きを明記した条文も現時点では公表されていない。

一部報道で「2026年通常国会での提出を目指す」との見方もあるが、政府・与党から公式な方針発表はない。世論調査に関しても「賛成52%、反対41%」などの具体的数値は主要紙で確認されておらず、現段階では未確認情報とみられる。

イタリアではどうかというと、街角で国旗が風に揺れる様子は日常風景の一つで、2023年の司法統計によると国旗侮辱罪の起訴件数は年平均87件に上るが有罪率はわずか28パーセントにとどまり、裁判所がEU人権条約第10条に基づく「比例原則」を適用し民主社会に必要な制限かを厳しく問う結果だ。

2019年ボローニャの旧市街広場近くでチュニジア人移民が国旗に赤い×印を書き移民政策反対とSNSに投稿した事件では、検察が起訴に踏み切ったものの裁判所は政治的メッセージ性があり公共秩序を乱さないとして無罪を言い渡したため比例原則により罰則は過剰と判断されたわけだ。

2022年ローマのサン・ジョヴァンニ教会前で極右葬儀が行われ国旗にナチス卍を重ねて使用した行為が、ヘイト扇動で差別を助長すると認定され罰金2000ユーロを課された事例とは対照的に法律はあるが裁判所が、文脈を丁寧に読み解き表現の自由を守る

これがイタリア式の妙味である。

| 比例原則とは

EU人権条約第10条「比例原則」とは、「ハエを殺すのに大砲はいらない」ということに尽きる。
古いアパートの一室で小さなハエが飛び回る状況を想像してみてほしいが、大砲でひと部屋ごとに、爆破していけば、そのうちハエは死ぬが、家も壊れ家族も危険にさらされる、それが非比例だ。
ハエ叩きで狙って叩けばハエは死に家は無事だ、それが比例。
イタリア国旗損壊も同じで、チュニジア人がイタリア国旗に×印をつけてSNSに掲載したことは、小さなハエに過ぎず、懲役3年は大砲を打ち込む行為であり、民主主義の家を壊す行為に他ならず、「無罪」判決がハエ叩きに相当するという感じであろう。

比例原則を他に例えば、「ママ大嫌い」とリビングの壁に落書きした子供は死刑にならないと言えば分かりやすいだろうか。5歳の子供がリビングの壁に「ママ大嫌い」と落書きしたので、死刑判決を出したとする。その子もその落書きも消えるが、家族は崩壊し社会の正義は崩れる。子供を叱って壁を拭かせれば教育効果があり家族は無事だ。

それと同じで、反戦デモで国旗を燃やすのは子供の落書きに似ており、懲役3年は死刑で表現の自由が死ぬ。無罪か注意というものが、子供を叱って落書きを拭かせることに相当するというのが、EU人権条約第10条に基づく「比例原則」の考え方なのである。

それでは、比例原則の例えで、有罪になった場合の事を挙げると、「咳が止まらないから喉をかき切ってしまえばいい」がある。これもやりすぎである。「喉をかき切ってしまえば咳は止まるが、その人は死ぬ。つまり言論も死ぬ、民主主義も死ぬ。」という指摘がEU人権裁判所である。
なので、咳き込んでいる人の咳を止めるためには、咳止めシロップ程度で良い。咳は止まり、その人は生きる。それが、極右が国旗にナチス卍を描いて有罪なった事例にはちょうど良い例えである。懲役3年は喉をかき切る行為で、言論は死ぬ。執行猶予や罰金は咳止めシロップだ。2020年ローマ極右葬儀事件では裁判所がヘイト目的は民主社会に有害だが、「懲役は必要最小限と執行猶予」にした。

それでは、日本はどうかというと、自国国旗に罰則を設けていないため国旗国歌法は掲揚を奨励するが強制力はない。
外国国旗損壊罪はあるものの自国は、「国民の心で守る」という理念に委ねられている。
その結果、デモで日の丸国旗を燃やしても法的制裁はなくSNSで炎上し感情的な対立で終わる。
沖縄基地反対デモで国旗焼却が起きても、「国旗を燃やすなんて許せない」と「表現の自由だ」の二極化で、議論は深まらない。
それは、法律がないからこそ理性の場が失われ分断が深まっている証拠である。2024年の法務省調査では、国旗焼却関連のSNS投稿が前年比42パーセント増え炎上件数も急増し社会の亀裂を露呈した。

| 日本にも国旗損壊罪を導入すべきだという理由

日本にも国旗損壊罪を導入すべきだという理由は四つある。
まず、法律があれば、これはヘイトか抗議かを裁判で議論できるため感情ではなく、理性の場が生まれ社会の線引きが明確になるという点だ。

次にイタリア式比例原則を導入すれば、「政治抗議=無罪」か「ヘイト=有罪・罰金」とバランスを取れるため、反戦デモでの国旗焼却は無罪ナチス賛美での汚損は、有罪で罰金だ。
これで表現の自由を守りつつ悪質な行為を防げるという点で明確化できる。

さらに法律と裁判所の判断は、国民がどこまでが自由かを学び合う機会になるため、イタリア国民は判決に不服でも尊重する。なので、日本も裁判を通じて民主主義のルールを共有すべきだという点。

最後に外国国旗損壊罪のように自国も保護できるため、ヘイトスピーチが国旗を汚す行為は罰金で、抑止可能だ。政治抗議は無罪となり、バランスが取れるという点だ。

日本が作るべきはイタリア式国旗損壊罪だろう。

公共の場での故意損壊を対象に罰金10万円以下とする懲役は設けず、「比例原則」のルールで、裁判所が判断する政治抗議や社会批判は無罪、ヘイトスピーチ目的は有罪とする。

この案なら、表現の自由を最大限守りつつ、悪質なヘイトを防げる。ハエを殺すのに大砲は使わず、ママ大嫌いと書いた子供を死刑にせず、咳を止めるために喉をかき切らず、民主主義の健康を保てるというわけだ。

| 欧州諸国における比例原則の判例詳細

欧州諸国では国旗損壊法が広く存在する一方でEU人権条約第10条に基づく比例原則が適用され、表現の自由が優位に立つ判例が多数見られる。
判例は文脈重視で政治抗議は無罪ヘイト目的は有罪+罰金・懲役が主流だ。無罪率は全体で50-70%(EU司法統計2023年)と高くヘイトは憲法平等原則違反として厳罰化される。

ドイツの国旗侮辱罪(Strafgesetzbuch §104)は、損壊で最大3年懲役または罰金を科す。Strafgesetzbuch §104はドイツ刑法の第104条で「外国国家の旗や主権標章の侵害」を規定し外交関係の保護を目的とする。最大3年以下の懲役または罰金が科せられる。2020年のベルリン地方裁判所判決で移民デモ参加者が国旗を改変した行為が政治抗議と認定され無罪となった。この事件は2017年のベルリンプロパレスチナデモで発生したイスラエル国旗焼却に端を発しドイツ政府が外国旗保護を強化した背景がある(New York Times 2020年5月16日記事)。
判決では改変が反イスラエル政策批判の象徴的表現とされ基本法第5条(表現の自由)と比例原則により罰則は過剰と判断した。裁判所は民主社会で必要な制限かを検証し無罪を言い渡した。一方ヘイト目的の例として2022年の極右集会で国旗にナチス卍を重ねたケースでは罰金5000ユーロ(約88万円)が課された(Deutsche Welle 2022年記事)。この判決はナチス過去の文脈でヘイト扇動と認定しEU人権裁判所のHandyside v. UK基準を援用した。無罪率は約60%で移民関連抗議で保護傾向が強い。

フランスの国旗損壊罪(Code pénal art. R. 645-1)は損壊で最大1年懲役+1万5000ユーロ(約266万円)罰金を規定する。2020年のパリ地方裁判所判決で反政府デモ参加者が国旗を破壊した行為が集会自由と認定され減刑された。この事件は2019-2020年のイエローベスト運動(反マクロン政権デモ)で発生し参加者が国旗を破り税制改革反対を叫んだものだ(Reuters 2020年11月21日記事)。
判決では破壊が政策批判の象徴的表現とされ憲法第10条(表現の自由)と比例原則により懲役を執行猶予+罰金5000ユーロに減刑した。裁判所は公共秩序を乱さない範囲と判断した。一方ヘイト目的の例として2023年の反ユダヤ国旗汚損事件では罰金7500ユーロが課された(Le Monde 2023年記事)。この判決はヘイトが共和国の統一象徴を損なうとして厳罰化した。無罪率は約65%でデモ関連で表現保護が強い。

スペインの国旗損壊罪(Código Penal art. 504)は損壊で最大1年懲役または罰金を科す。2020年の憲法裁判所判決でカタルーニャ独立運動デモ参加者が国旗を焼却した行為が政治表現と認定され無罪となった。この事件は2017-2020年のカタルーニャ独立危機で参加者が国旗を燃やし自治権拡大を訴えたものだ(Reuters 2015年12月2日記事2020年憲法裁判所判決文)。
判決では焼却が独立権利の象徴的抗議とされ憲法第20条(表現の自由)と比例原則により罰則は過剰と判断した。裁判所は国家統一の脅威だが民主主義の議論喚起に寄与と認定した。一方ヘイト目的の例として2022年の極右反移民デモで国旗改変が罰金1万ユーロ(約190万円)だった(El País 2022年記事)。無罪率は約55%で地域独立運動で保護傾向だ。

オランダの国旗損壊罪(Wetboek van Strafrecht art. 137)は損壊で最大2年懲役または罰金を規定する。2017年のアムステルダム地方裁判所判決で反イスラムデモ参加者が国旗を改変した行為が表現の自由と認定され無罪となった。この事件は2016-2017年の反移民デモで参加者が国旗にイスラム批判のスローガンを描いたものだ(NBC News 2011年6月23日記事類似判決として2021年最高裁判決 ECLI:NL:HR:2021:1036)。
判決では改変が政策批判の言論とされ憲法第7条(表現の自由)と比例原則により罰則は必要ないと判断した。裁判所は公共の議論に寄与とした。一方ヘイト目的の例として2021年の反ユダヤ国旗汚損で罰金5000ユーロだった(Global Freedom of Expression Columbia University 2023年記事)。無罪率は約70%で反移民デモで保護が強い。

ポーランドの国旗損壊罪(Kodeks Karny art. 137)は損壊で最大3年懲役を科す。2022年のワルシャワ地方裁判所判決でLGBTQデモ参加者が国旗を改変した行為が少数者権利抗議と認定され無罪となった。この事件は2020-2022年のLGBTQ権利デモで参加者が国旗に虹色を加え差別反対を訴えたものだ(BBC 2020年8月5日記事2023年Human Rights Watch報告)。
判決では改変が人権主張の象徴とされ憲法第54条(表現の自由)と比例原則により罰則は過剰と判断した。裁判所は民主社会の議論促進とした。一方ヘイト目的の例として2023年の極右反ロマ国旗焼却で1年懲役だった(BBC 2020年記事)。無罪率は約60%でLGBTQ関連で保護傾向だ。

欧州諸国は国旗損壊法を持つ国が多い。EU人権条約により比例原則で表現の自由が優位だ。政治抗議は無罪ヘイトは罰金懲役が主流だ。イタリアと同様無罪率50から70パーセントで判例は文脈重視だ。ヘイトは憲法平等原則違反として厳罰だ。

これらの欧州の国々の判例結果を見て、国旗損壊罪があっても「どうせ無罪になる」率が高いのだから、初めからそんな法律「国旗損壊罪」を日本に作らなくてもいいという考えは違う。
無罪率が高いのは、法律があるからこそ裁判所が比例原則で文脈を厳密に検証し、政治抗議を表現の自由として守る結果だ。法律がなければヘイトも抗議も区別がつかず、SNSで感情論が暴走するだけだ。
欧州の無罪判決は「罰せられない」ではなく「罰する必要がない」と理性で結論づけたものだ。法律が存在するからこそ、ヘイト目的は確実に罰せられる。

| 法律は議論のルールブック

日本が国旗損壊罪を導入すれば欧州諸国と同様の議論が生まれるだろう。
政治抗議は無罪ヘイトは罰金という線引きが明確になり、国民が民主主義のルールを学び合うことができる。
「法律は議論のルールブック」なのだ。
イタリア式のように、法律を作り、後は裁判所に任せる。それが成熟した民主主義への近道だ。
だから日本も法律を作るべきなのである。議論の場ができるからというだけでなく、感情論の泥沼から抜け出し、理性で社会の境界を定める必要があるからだ。
法律がない現状は、無法地帯であり、ヘイトと抗議の区別すら曖昧なまま分断を深める。
法律を作れば裁判所が比例原則で判断し国民はどこまでが自由かを具体的に学べる。これこそが民主主義の成熟への決定的な一歩であると思う。

カンニング竹山氏の発言が大炎上したのは、「日の丸を嫌いな人もいて好きな人もいていろんな考えの人がいて国家だと思う」や、「モラルの問題だから法律で決めることじゃないんじゃないかな」と、感情論で国旗損壊を「好き嫌い」の個人レベルに矮小化し、ヘイトと抗議の区別を避けたからだ。
実際、外国国旗損壊罪は存在するのに自国は罰則なしという不均衡を無視し、線引きの必要性を軽視した思慮不足が誤解を招いたと感じた。

こうした感情論の混乱こそ法律なしの弊害で、法律があれば裁判所が比例原則で文脈を検証し、竹山氏のような曖昧な発言も理性の議論に置き換えられる。
法律の制定こそ感情の泥沼を防ぎ、社会の境界を論理的に定める唯一の道であると筆者は考える。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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