World Voice

イタリア事情斜め読み

ヴィズマーラ恵子|イタリア

イタリア司法の大転換:検察と裁判官は「同じ釜の飯を食うな」

Shutterstock-Paolo Bona

イタリアの司法が、ついに歴史的な転換点を迎えたと言えるだろう。
長年にわたって議論の的となってきた検察官と裁判官のキャリア分離が、憲法改正という形で現実のものとなったのだ。憲法104条には新たに「司法は裁判官キャリアと検察官キャリアの両方から構成される」という一文が加わり、これにより両者の道は最初から完全に分かれることになる。志望する若者たちは、司法試験の段階で「検察官になるか、裁判官になるか」を選択しなければならない。合格後はそれぞれ専用の採用試験に進み、一度決めた道を最後まで歩むことになる。キャリアの変更は一切認められないという徹底ぶりだ。

こうした厳格な分離は、検察官が捜査と起訴に専念し、裁判官が中立的な判断に徹することを保証する狙いがあると考えられる。旧制度では、検察官と裁判官が同一の採用試験に合格することで同じキャリアを共有し、キャリアの行き来が比較的自由だったため、検察の捜査・起訴という当事者的な役割と、裁判官の中立審判という第三者的な役割の境界が曖昧になり、中立性の喪失という重大なリスクを生じさせた。

例えば、検察官から裁判官へ転身した者が、自分が以前起訴した事件の審理を担当するケースが発生し、公正性が疑われる事態を招いた。また、同じキャリア内での頻繁な昇進・異動が、検察と裁判所の間で強い仲間意識や癒着を育み、派閥形成を助長した結果、政治家とのつながりが強まり、1990年代のマニ・プルテ・スキャンダルのように、検察の選挙を通じた最高司法評議会(CSM)での影響力が政治腐敗を助長する問題が顕在化した。

具体的な実例として、マニアーニ事件では検察官が裁判官に転身後、自分が起訴した事件の裁判を担当し、世論から公正性の欠如を厳しく批判されたほか、ベルルスコーニ関連裁判では、元検察官の裁判官が政治家に有利な判決を下したとの疑惑が浮上し、司法全体の信頼を損なった。

こうしたリスクは、役割の正反対性にもかかわらず同じ訓練とキャリアが「検察目線」の裁判官や「裁判官目線」の検察官を生み、公正さを根本的に損なうもので、2022年以前には約1000人以上がキャリア移動を経験、特に有力事件で移動歴のある裁判官の担当が疑惑の温床となった。
検察官が裁判官に、裁判官が検察官に転身することで、「昨日まで起訴していた人が今日から審判する」状態になり、自分が起訴した事件の裁判を担当したのだ。世論から「公正か?」と大批判、これがマニアーニ事件であり、裁判の中立性が疑われた。

そして現職の首相を有罪にするということが実際に起こったイタリア。
検察官が裁判官に転身後、ベルルスコーニの裁判を担当し、「元検察の裁判官が政治家(左派政党)に有利な判決」との疑惑が浮上した。それが、ベルルスコーニ関連裁判である。2000年代、ベルルスコーニ氏は「検察官の政治利用」を批判し、分離を提案。左派はこれを「検察官を政府の犬にする法案」だと拒否した。以降、「分離=右派の復讐ツール」という刷り込みが強い。
なお、この司法キャリア分離の憲法改正案が可決された事は、故ベルルスコーニ氏の無念を一つ晴らす大きな成果であったため、氏の設立した政党「フォルツァ・イタリア」党(ベルルスコーニ死去後、政党の党首となった現副首相兼外相のタヤーニ氏)は、喜びの声をあげている。



TG4 イタリアの公共放送局のYouTube公式チャンネルより

この改革の前身として、2021年から2022年にかけて実施されたカルタビア改革があると考えられる。マルタ・カルタビア司法相が主導したこの改革は、主に訴訟の迅速化を大きな目標としていた。民事訴訟については一審と控訴審を合わせて3年以内、刑事訴訟は2年以内に終えることを目指し、期限を超過した場合には裁判官や検察官の業績評価に悪影響を与える制度を導入したのだ。

イタリアの歴史的トラウマであるベルルスコーニ時代の「検察官弱体化」を懸念しているイタリアの左派(民主党、5つ星運動政党、ヨーロッパ緑の党と左派連合など)は、分離で検察官が起訴するだけの事務官的機械になれば、右派政権下での汚職隠蔽、マフィアとの癒着、環境破壊企業の見逃しといった事態が頻発し、左派が長年戦ってきた社会正義が根底から崩れることになる。だからこそ、左派は「検察官と裁判官は生涯同じキャリアでなければならない」と主張し続けるのだ。
しかも、左派の政策実現が難しくなるため、裁判官と検察官のキャリア分離を猛反対している。イタリアの議会は大荒れとなった。

また、調停や和解など裁判外紛争解決(裁判を使わないで当事者同士が話し合って解決する方法)を積極的に推し進め、裁判所の負担を軽減しようとしたはずだ。キャリア変更に関しては、初任地配属後10年以内に1回のみ可能とする制限を設けていたが、実際の利用者は9500人の現役司法関係者のうちわずか20人程度に留まったとされている。この数字を見ると、変更を希望する人はそれほど多くなかったのだろう。しかし、今回のノルディオ・メローニ改革は、カルタビア改革のその制限すら取り払い、キャリアの完全分離を徹底するものだと言えるだろう。

同じキャリア内で昇進・異動を繰り返すうちに、検察と裁判所が「仲間意識」で結ばれる。有力事件で検察が「裁判官に配慮」したり、逆に裁判官が「元同僚の検察」に甘い判断を下す恐れという癒着・派閥形成がこれまではあった。
役割が正反対なのに、同じ訓練・同じキャリアであり、「検察目線」の裁判官や「裁判官目線」の検察官が生まれ、公正さが損なわれていたのがこれまでのイタリア司法の仕組みだ。

改革の目的(2025年改正)は、同一試験・行き来自由だった旧制度を別々の採用試験、一生変更不可にした。
そして、この分離に伴い、司法の自己統治機関である最高司法評議会も二つに分裂することになる。
一つは裁判官のための最高司法評議会、もう一つは検察官のための最高司法評議会だ。どちらも共和国大統領が議長を務める点は変わらないが、メンバーの選出方法が大きく変わる。

従来は派閥による選挙で選ばれていたが、今後は抽選制が採用される。外部メンバーは国会が作成したリストからランダムに選び、内部メンバーは資格を満たす全司法関係者の中から抽選で決定する。
任期は4年で、再選は認められない仕組みだ。この抽選制は、選挙による派閥形成や政治的影響を排除しようとする意図があるのだろうが、全国判事協会は「司法の民主的統治が損なわれる」と強く反発していると考えられる。選挙がなくなれば、確かに派閥は減るかもしれないが、選ばれたメンバーが本当に適任かどうかは運任せになってしまうのではないか、という懸念もあるはずだ。

注目すべきは、懲戒手続きの大幅な変更だ。これまで最高司法評議会内の特別セクションが担っていた役割が、新設される高等懲戒裁判所に移管されることになる。この裁判所は15人のメンバーで構成され、大統領が指名する3人、国会リストからの抽選で選ばれる3人、裁判官からの抽選6人、検察官からの抽選3人という内訳だ。多数は現役の司法関係者で占められるが、議長は外部メンバーから選出される。こうした構成は、司法関係者の身分保障と独立性を維持しつつ、外部の目を強化するバランスを意図していると考えられる。違反行為や制裁、審理手続きの詳細は今後の普通法で定められることになるが、司法関係者の行動に対する監視が厳しくなることは間違いないだろう。
「同じ釜の飯を食うな」、 検察と裁判は最初から別の人材にすることで、中立性・公正性・国民の信頼を取り戻すのが狙いである。

判決への不服申し立てについても、見直しが図られている。
これまでは別の裁判所に上訴することができたが、今後は同じ裁判所内で異なる構成の裁判体が二審を担当する形に変更される。この変更は、手続きの迅速化と判断の一貫性向上を目指しているのだと考えられる。同じ裁判所内で完結することで、時間とコストが削減される一方で、「同じ組織内の人間が判断するのだから、公平性が保たれるのか」という疑問も浮かぶかもしれない。

この改革は2025年10月30日に承認され、施行後1年以内に詳細な施行法を整備する必要がある。政治的な駆け引きが予想される中、司法の独立性と責任追及の強化という二つの目標をどこまで両立できるかが焦点となるだろう。司法関係者からは反対の声も上がっているが、国民の司法への信頼回復という観点からは、一定の効果が期待されていると考えられる。イタリアの司法は今、大きな変革の渦中にあるのだ。改革の成否は、今後の法整備と運用にかかっていると言えるだろう。司法が国民から信頼される存在となるか、それとも新たな混乱を生むのか。イタリア社会全体が注目する歴史的な局面を迎えているのだと思う。

なお、マニ・プルテ・スキャンダルの発端となったアニアーニ事件は、1992年2月17日にミラノの病院管理者が賄賂を受け取る現場を押さえられたことで始まり、全国的な腐敗システムを暴き、主要政党の崩壊と初代イタリア共和国の終焉を招いた。カルタビア改革は、こうした遅延裁判の是正と効率化を進めつつ、2025年の完全分離への橋渡し役を果たしたと言えるだろう。2025年の改革では、これらの問題に対処するため、別々の採用試験を義務付け生涯変更不可とする完全分離を導入し、CSMを二分割して選挙制を抽選制へ移行させることで派閥を排除、さらには高等懲戒裁判所の新設により懲戒の甘さを解消、結果として中立性・公正性・国民の信頼を回復する狙いを徹底している。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

Ranking

アクセスランキング

Twitter

ツイッター

Facebook

フェイスブック

Topics

お知らせ