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ヴィズマーラ恵子|イタリア

イタリア、イスラム衣装規制へ

Shutterstock- patronestaff

2024年、イタリア議会ではメローニ政権与党「イタリアの同胞」所属議員らによって提出された法案が、国内外で大きな注目を集めることとなった。この法案は、公共空間におけるフルブルカやニカブといった顔を完全に覆うイスラム衣装の着用を禁止し、イスラム教団体への資金の流れに透明性を求めるという、極めて象徴的な内容を含んでいる。国際メディアはこの動きを大きく報じ、イタリア国内でも法案の詳細とその背後にある政治的意図が詳しく伝えられた。

この法案が浮き彫りにしたのは、移民受け入れの最前線に立つイタリアが直面する、文化的アイデンティティと安全保障の狭間での苦悩である。表面的には宗教的シンボルの規制に見えるこの動きは、実際には欧州全体が抱える移民統合の課題、世俗主義と宗教的自由の衝突、そして国家アイデンティティの再定義という、より深層的な問題を内包している。

| 文化的アイデンティティと安全保障の狭間で

法案提出の背景には、ここ数年のイタリア社会における変化がある。地中海を渡る移民の大量流入により、イタリアの都市部では文化的多様性が急速に増大した。特に北部の工業都市や南部の港湾都市では、イスラム教徒コミュニティの存在感が高まり、モスクの建設、ハラール食品店の増加、イスラム式の服装をした人々の姿が日常的に見られるようになった。

こうした変化に対し、イタリア社会は複雑な反応を示してきた。一方では、歴史的に多様な文化を受け入れてきた地中海文化圏の伝統が生きており、移民を受け入れる寛容さも存在する。しかし他方で、急速な変化に対する戸惑いや不安、さらには経済的な不満が移民への反発として表面化することも少なくない。

メローニ政権はこうした社会的不安を巧みにすくい上げている。彼女の政治的メッセージは明確だ。イタリアには固有の文化的アイデンティティがあり、それは守られるべきである。移民を受け入れることと、イタリアの伝統的価値観を維持することは両立可能だが、そのためには明確なルールが必要である。今回の法案は、まさにこの政治的メッセージを具現化したものと言える。

安全保障の観点も無視できない。2015年のパリ同時多発テロ以降、欧州各国ではイスラム過激主義への警戒感が高まった。イタリアでも、過激主義思想の浸透を防ぐため、モスクや宗教団体への監視が強化されてきた。今回の法案における資金監視強化は、こうした安全保障上の懸念に応えるものとして位置づけられている。

しかし、文化的統合と安全保障という二つの目的が、果たして顔を覆う衣装の禁止によって達成されるのかは疑問が残る。批判者たちは、この法案が実際には統合を促進するのではなく、ムスリムコミュニティをさらに孤立させ、社会的分断を深める結果を招くと指摘している。

| 法案の中身:顔覆い禁止と資金監視

法案の骨子は大きく二つの柱から成り立っている。
第一に、ブルカやニカブといった顔を完全に覆う衣装の公共空間での着用を禁じる。対象となるのは学校、大学、公的機関、病院、交通機関など、広範囲にわたる公共の場である。違反者には300ユーロ(約5万2,500円)から3,000ユーロ(約52万5,000円)の罰金が科される。
この罰金額は複数回違反した場合には累進的に引き上げられる仕組みとなっており、常習的な違反に対しては厳しい姿勢で臨む方針が示されている。

第二の柱は、イスラム教団体やモスクへの資金提供に対する監視強化である。
特に国外からの資金流入については、透明性を確保するための申告義務を課し、過激主義への資金供与を防ぐことを目的としている。与党の公式発表によれば、この法案は「イスラム分離主義と闘う」ものであり、顔覆い禁止に加えて、強制結婚や「貞操検査」といった女性の人権を侵害する行為への規制も含まれるという。

興味深いのは、法案が単なる衣装規制にとどまらず、より広範な「文化的統合」の枠組みを提示しようとしている点である。提案者らは、顔を覆う衣装が「社会的コミュニケーションを阻害し、公共空間における相互信頼を損なう」と主張する。この論理には、イタリア社会における「開かれた顔」の文化的重要性が背景にある。地中海文化圏では、顔の表情や目を合わせることが信頼構築の基盤とされてきた歴史があり、顔を隠すことは社会的な疎外感を生むという認識が根強い。

だが、この論理には批判も多い。憲法学者や人権団体からは、イタリア憲法が保障する宗教の自由や個人の尊厳との整合性が問われている。イタリア憲法第19条は「すべての者は、個人的にまたは集団的に、宗教を自由に信仰し、その宣伝を行い、私的または公的に礼拝を行う権利を有する」と定めており、宗教的服装の規制が憲法違反に当たる可能性が指摘されている。

法案の実務的な側面も議論を呼んでいる。
誰が違反を取り締まるのか、どのような基準で判断するのか、医療上の理由や寒冷地での防寒具はどう扱われるのか。こうした細部にわたる疑問に対し、法案は必ずしも明確な答えを用意していない。警察官が街頭で女性の服装をチェックし、罰金を科すという光景は、果たしてイタリア社会が望む姿なのかという根本的な問いも浮上している。

資金監視についても同様の問題がある。どの程度の透明性が求められるのか、国外からの寄付はすべて疑わしいとみなされるのか、イスラム教団体だけが標的なのか、それともすべての宗教団体が対象なのか。法案は「イスラム分離主義」という曖昧な概念を掲げているが、その定義は明確でなく、恣意的な運用の余地を残している。

| メローニ政権の移民政策と愛国主義

2022年に首相に就任したジョルジャ・メローニは、戦後イタリアで初めて極右政党出身の首相となった。彼女が率いる「イタリアの同胞」党は、かつてのイタリア社会運動、すなわちムッソリーニのファシズムを継承した政党の流れを汲む組織である。
メローニ自身は「ポスト・ファシズム」というレッテルを否定し、自らを「保守愛国主義者」と位置づけているが、その政治的ルーツは明らかである。
メローニ政権の移民政策は「国家主権の回復」と「イタリアのアイデンティティ防衛」を二本柱としている。地中海を渡ってくる移民の流入を抑制し、既に国内に居住する移民には「イタリア的価値観」への同化を求める。この姿勢は、今回のイスラム衣装規制法案にも色濃く反映されている。

政権発足以来、メローニは地中海での移民救助活動を行うNGO船への規制を強化し、リビア沿岸警備隊への支援を拡大してきた。さらに、北アフリカ諸国との協力関係を深め、移民の「源流対策」に力を入れている。こうした一連の政策は、イタリア国内の世論、とりわけ移民受け入れに疲弊した南部地域や中小都市の住民から一定の支持を得ている。
国際社会からの評価は厳しい。国連難民高等弁務官事務所や欧州人権裁判所からは、メローニ政権の移民政策が国際人権法に違反する可能性が指摘されている。リビアへの送還政策については、送還された移民が拷問や奴隷的労働にさらされる実態が明らかになっており、「ノン・ルフールマン原則」違反との批判が絶えない。

今回のイスラム衣装規制法案も、こうした文脈の延長線上にある。メローニ政権にとって、移民問題は単なる人道問題ではなく、「イタリアのアイデンティティをどう守るか」という文化的・政治的課題なのである。法案提出者らは「イスラム主義的分離主義」を明確に敵とみなし、イタリア社会への統合を拒む者に対しては厳格な姿勢で臨む意志を示している。
この愛国主義的なレトリックは、イタリア国内で一定の支持を集めている。長年にわたる経済停滞、高い失業率、そして大量の移民流入という複合的な問題に直面する中で、多くのイタリア人は「強い国家」を求めるようになった。メローニはこの感情に訴えかけ、「イタリアを再び偉大にする」というメッセージを発信し続けている。

| 欧州のトレンドと国内の反応

イタリアの動きは、欧州全体で見られる一つのトレンドの一部である。フランスは2010年に公共空間でのブルカ着用を禁止し、ベルギー、オーストリア、デンマークなども同様の法律を制定してきた。これらの国々では、世俗主義の伝統や、女性の権利保護、公共の安全といった理由が挙げられている。

フランスのケースは象徴的である。2004年には公立学校でのイスラム頭巾着用が禁止され、2010年にはブルカ・ニカブの公共空間での着用が全面禁止となった。フランス政府は「共和国の価値観」と「男女平等」を理由として挙げたが、実際にはイスラムフォビアを助長したとの批判も根強い。欧州人権裁判所は2014年、フランスのブルカ禁止法を「公共の安全」の観点から合法と判断したが、少数意見では「宗教的マイノリティへの差別」との指摘があった。

イタリア国内では、この法案に対する反応は大きく二分されている。中道右派や保守層からは、「イタリアの伝統的価値観を守る」「女性の解放を促進する」として支持する声が上がる。移民受け入れの最前線となっている南部地域や、北部の工業都市では、「文化的摩擦を減らすためにはルールが必要」との意見が聞かれる。

反対派の声も強い。民主党や五つ星運動といった野党左派政党は、法案が「憲法に保障された宗教の自由を侵害する」として反対の立場を表明した。イスラム教徒コミュニティの代表組織は声明で「この法案はイスラムフォビアの産物であり、ムスリム女性を社会から排除する効果しか生まない」と非難している。

カトリック教会の反応も興味深い。バチカンは公式には沈黙を守っているが、一部の司教や神学者からは懸念の声が上がっている。「宗教的シンボルの規制は、いずれカトリックの修道女の服装にも及ぶ可能性がある」「信仰の自由は普遍的な権利であり、特定の宗教だけを標的にすべきでない」といった指摘である。イタリアはカトリック国家としてのアイデンティティを持ちながらも、宗教的多様性を尊重する立場との間で揺れ動いている。

世論調査の結果は微妙な状況を示している。2023年の調査では、イタリア国民の約55%がブルカ・ニカブの公共空間での禁止に賛成している一方で、約40%が反対または慎重な立場を示した。興味深いのは、若年層ほど反対の割合が高く、60歳以上の高齢者層では賛成が70%を超える点である。この世代間のギャップは、イタリア社会が文化的多様性をどう受け止めるかについて、世代によって大きく異なる価値観を持っていることを示している。

| 社会の分断か統合か:法案の行方

この法案が成立した場合、イタリア社会にどのような影響を及ぼすのか。推進派は「統合の促進」を主張するが、実態はより複雑である。
まず、イタリアにおけるブルカやニカブの着用者は極めて少数であることが指摘されている。イタリア国内のムスリム人口は約250万人とされるが、フルブルカやニカブを日常的に着用する女性は推定で数千人程度に過ぎない。つまり、この法案が直接的に影響を与える対象は限定的であり、「象徴的な政治」としての側面が強い。
しかし、象徴的であるがゆえに、その影響は広範囲に及ぶ可能性がある。第一に、ムスリムコミュニティ全体が「標的にされている」と感じることで、社会的分断が深まる恐れがある。既にイタリアでは、モスク建設を巡る地域住民との対立や、ムスリム児童に対する学校でのいじめなどが報告されており、この法案がさらなる対立を煽る可能性は否定できない。

第二に、ブルカやニカブを着用する女性たちが公共空間から排除されることで、彼女たちの社会参加がさらに制限される逆説的な結果を招きかねない。推進派は「女性の解放」を掲げるが、実際には教育機会や医療アクセス、雇用機会が奪われる可能性がある。イスラム女性団体の代表者は「私たちは自らの意志でこの服装を選んでいる。法律で禁じられれば、家に閉じこもるしかない」と語っている。

第三に、資金監視の強化は、イスラム教団体の活動を萎縮させる効果を持つ。透明性の確保自体は正当な要求だが、過度な監視は宗教活動の自由を制約する。国外からの資金を「過激主義との結びつき」の証拠として一律に疑う姿勢は、合法的な宗教活動まで制限しかねない。
国際的な視点から見れば、イタリアのこの動きは欧州における右傾化の一環として捉えられている。移民問題に対する強硬姿勢は、フランス、オランダ、デンマーク、スウェーデンなど、欧州各国で政治的支持を集めている。その背景には、経済的不安、文化的アイデンティティの危機感、そしてテロの脅威への恐怖がある。

しかし、強硬策が必ずしも統合を促進するわけではないことも、これらの国々の経験が示している。フランスでは、ブルカ禁止法施行後もムスリムコミュニティの社会的孤立は解消されず、むしろ若年層の過激化が進んだとの指摘もある。規制による強制的な同化は、かえって反発を生み、社会の分断を深める危険性を孕んでいる。

イタリアが直面しているのは、単なる服装規制の是非ではなく、多文化社会をどう構築するかという根本的な問いである。移民を受け入れながら、社会の結束をどう保つのか。宗教的自由を尊重しながら、世俗的な公共空間をどう維持するのか。個人の選択を認めながら、女性の権利をどう守るのか。これらの問いに対する答えは容易ではなく、イタリア社会はその答えを模索し続けている。

法案の今後の動向は不透明である。議会での審議過程で修正が加えられる可能性もあり、憲法裁判所での合憲性審査を経る必要もある。国際的な圧力や、EU法との整合性も問われるだろう。しかし、この法案が提起した問題は、法案の成否にかかわらず、イタリア社会に長く影を落とし続けることになる。それは、多様性と統合、自由と秩序、伝統と革新という、現代社会が直面する普遍的なジレンマなのである。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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