World Voice

ポートランドが映す「これからのアメリカ」──ローカルが示す新しい生き方のヒント

山本彌生|アメリカ

世界がうるさすぎる時代に、自分の声を取り戻す

Photo | Shutterstock

「最近、世界がうるさすぎて、自分の声が聞こえなくなっていませんか?」

2026年の年明け。
ポートランドの空は、霧と小雨に包まれたかと思えば、思いがけず快晴に恵まれることもあります。

例年よりも太陽が顔を出す日が続く一方で、アメリカの東海岸では大雪と嵐のニュースが絶えません。  天気予報は出ているのに、季節の感覚だけが揺らいでいる。

この「読めなさ」は、気象だけの話ではありません。

私たちの社会そのものが、同じ状態にあるように感じます。
経済も、政治も、テクノロジーも、どこかちぐはぐで先が見えない。

スマートフォンを開けば、AIが算出した未来予測や経済指標が次々と流れてくる。
どれも正確で、どれも便利で、どれも正解「らしい」。

それなのに、なぜか心は落ち着かない。
情報が増えるほど、不安も増えていく。

この感覚は、私だけのものではないでしょう。

日本では最近、「コスパ」「タイパ」に続く第三の指標として、「メンパ(メンタルパフォーマンス)」という言葉が注目されています。

成果を最大化するより、心の消耗を最小化する。どれだけ速く進めるかではなく、どれだけ無理なく続けられるか。

効率を追い求め続けた社会が、ようやく疲れている自分に気づき始めたとも言えます。

世界はますます便利になっているのに、なぜこんなにも息苦しいのか。


その答えは、おそらく単純です。

私たちは長い間、「正しい生き方」を探しすぎて、「自分の生き方」を見失ってきたのです。


newsweekjp_20260125002639.jpgPhoto | Yayoi Yamamoto, PDX Coordinator & Planner, LLC


ローカルに残る、たったひとつの確かなもの

この変化は、ポートランドの日常風景にもはっきりと表れています。
かつて観光客で賑わっていたダウンタウンの一角は、今ではシャッターの降りた店が目立ちます。

一方で、私が通う小さなスーパーマーケットやカフェには、不思議な温度があるのです。
店員と客が名前で呼び合い、天気や家族の話を交わす。

そこにあるのは「効率」ではなく、「存在してもいい」という安心感です。

町のエネルギーが消えたのではありません。
外へ向かって拡散していたものが、内側へと凝縮され始めただけなのです。

ポートランドにはもともと、自然との距離を縮め、生活のサイズを意識的に小さくする文化がありました。

それがいま、「理想論」ではなく「現実的な生存戦略」として再評価されています。

ナイキ創業者フィル・ナイトは、かつてこう語りました。
「限界も、疑念も、過去も、一度忘れ去らなければならない」

また、オレゴン大学卒業生でもあるNVIDIAのジェンスン・ファンは言います。
「今この瞬間のタスクに、すべての知性を集中させよ」

この二人に共通するのは「外の評価」ではなく、「今ここにいる自分」への集中です。

AIがどれほど精度の高い答えを出しても、人が感じる不安や希望、そして一日の終わりに感じる納得感までは再現できません。

コーヒーの香り、隣人の声、風の音。そうした身体的な実感こそが、これからの時代の「最も確かな情報」なのかもしれません。

私はときどき、マーケットのレジ横で交わされる何気ない会話に、この時代の本質を感じます。

「最近どう?」
「悪くない... 。でも、ずっと『何かを追いかけている感じ』だけが残る。」

この一言に、どんな経済指標よりもリアルな現実があります。

成功もしている。生活も回っている。
でも、どこに向かっているのか分からない。

この感覚は、日本の多くの人も、言葉にできずに抱えているものではないでしょうか。

2026年は、劇的に何かを変える年ではないのかもしれません。
むしろ、「何を手放し、何を残すか」を静かに選び直す年なのではないでしょうか。

スピードより持続性を。
成果より納得感を。
正解より、自分の内側の声を。

霧と快晴が入れ替わる、この不安定な空の下で。
世界がどれほど騒がしくなっても、その声に埋もれずに、自分の声を聞き取ること。

そこからしか「これからのアメリカ」も「これからの私たち」も始まらないのだと、私はポートランドという町から静かに感じ取っています。

 

Profile

著者プロフィール
山本彌生

ポートランド在住。グローバル・プランニング会社 PDX COORDINATOR代表。東京都出身。米国留学後、外資系証券会社とコンサルティング会社を経てNYと東京でNPOを設立。2002年に現社を起業し、オレゴン州より優秀起業社として認定される。日米の ビジネス・行政・学術・メディア・通訳 の『5分野を循環させる独自モデル』を構築。目的に応じたスタディ視察、カスタマイズ・プログラム、レクチャー等を多様な方々に向けて提供している。神戸学院大学客員教授。オレゴン州行政機関において、複数の役職を務めている。

Facebook:Yayoi O. Yamamoto

Instagram:PDX_Coordinator

協働著作『プレイス・ブランディング』(有斐閣)

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