
最新ポートランド• オレゴン通信──現地が語るSDGsと多様性
なぜポートランドでは『建てる』より『育てる』を選ぶのか?──まちづくり・働きかたの新常識

『建てる』ことはゴールではなく、始まりなのかもしれない。
その気づきが、これからのまちのかたちを変えていく兆しとなっています。
いま、オレゴン州ポートランドでは、建築の定義が変わりつつあります。
それは、単なる住宅供給や建物づくりではありません。
キーワードは、『地域と共につくる』。
そして、そこに暮らす人々が新しい形でつながり、助け合いながら暮らす。
そんな、コミュニティの再設計に挑む建築チームがいます。
最近アメリカでは、「パーパス ドリブン キャリア(Purpose Driven Career)」という、『仕事を通じて地域や社会に貢献しながら、自分自身も成長していく』という考え方が広がっています。
近年、若い世代を中心に広がっている『社会と自分の双方にとって、意味のある働き方』が、時代のスタンダードになりつつあります。
では、仕事のあり方は今後どう変わっていくのでしょうか。
そのヒントを、まちづくりと建築の現場が共存するポートランドから紐解いていきましょう。

|『建てる』より『育てる』 - 共に育つ住まいが生む新しい暮らし
今、小さな住宅街から、未来のコミュニティが静かに動き始めています。
「暮らしを支える場(プレイス)は、地域と共に育つもの。」
そんな言葉が、これほどしっくりくる現場に出会ったのは、初めてかもしれません。
舞台は、オレゴン州ポートランドの北東部に位置する地区。
空港とダウンタウンの間に広がるこの地域では、ここ10年で住宅開発が急速に進み、さまざまな文化や価値観を持つ住民が、新しいコミュニティを形づくりつつあります。
その一角で進行しているのが、トゥーヨ・デベロップメント(Tuyo Development)という住宅プロジェクト。
『ただ住むための箱』ではなく、人と人のつながりを育む新しい暮らしのかたちを提案するこの試みは、今注目すべき建築的アプローチの一つです。
このプロジェクトを担っているのは、ベラ・プロジェクト( Bela Projects)の3名のメンバー。
建築家のケン・キノシタさんを中心に、資金調達・設計・まちとの連携づくりまで、それぞれの専門性を活かしながら、地域の中に息づく生きた建築を模索しています。
「このプロジェクトは、キャサリン、デビッド、私らで取り組んできた協働作業。
特に、資金調達も含めて全体の構想をまとめ上げたキャサリンの存在なくして、ここまで来ることはできませんでした。」こう語り始めるケンさん。
3人は、建設技術や都市政策、そしてポートランドというまちの背景を丁寧に調べ続けてきました。
その中で見えてきたのが、「いま、どんな住まいが本当に地域に求められているのか?」という問い。
その探究を通じて、暮らしの意味について、もう一度立ち止まって考えさせられました。
こうして生まれたのが、『Park 20』というサステナブルなタウンハウス群。
自然素材や省エネ設計といった環境面の工夫はもちろん、住民同士が自然と関われる設計がいたるところでなされている。まさに、共に育つ住まいの形がそこにあります。
この挑戦の背景には、『中間住宅(ミドルハウジング)ゾーニング改革*』と呼ばれる、都市政策の先進的な条例実施。この制度改革によって、いままで制限されていた住宅の多様化が一気に進んでいます。
制度改革と現場の挑戦が交わり、地域と住まいの新しい姿が少しずつ形を成しはじめている。
そして、そこにはケンさんが大切にしてきた『ある視点』が息づいているのです。
*補足
2019年、オレゴン州が全米初の州レベルでの『単独戸建て規制緩和法案としての「ミドルハウジング法」を可決。ポートランド市は、より進んだゾーニング緩和条例を2021年から実施しています。
Photo | Port of Portland
|図面の外にある関係性----まちを変える『現場の声』
このプロジェクトの根底にあるのは、一人でつくる建築ではなく、共につくる暮らしの場という考え方です。
建築と聞くと、自分には遠い世界だと感じるかもしれません。
でも、私たちが日々暮らすまちの居心地や安心感。それは、「誰が、どんな思いで、その空間を形にしたのか」によって、左右されることも多いのではないでしょうか。
そう気づいた時、建築という営みが、ぐっと身近なものに感じられたのです。
「建築は、目に見えない関係性の土台を静かに育てていく仕事なのだと思います。
それは単なる建物づくりではなく、設計者と住民、あるいは職人や行政との対話を通じて『場』を共創していく過程そのもの。
一つひとつの会話、一つひとつの納得が、まちの未来につながっているのだと実感します。」
住民の声や職人との対話を重ね、図面の外側で関係性を育む。
こうしたケンさんの姿勢は、『パーパス ドリブン キャリア』の一例とも言えます。
図面だけでは描けない関係性。
見えない線が、いつの間にかまちの未来を支える柱になっていく。
では、この様な思考に至ったケンさん。なにを大切に歩んできたのでしょうか。
次の章では、その原点となるルーツ、そして彼自身が語ってくれた『ある問い』に迫っていきます。

➡ 次のページ
スキルだけでなく、評価されたのは『ある問い』だった----。
日本人がこれから選ぶべき、仕事との向き合い方とは?

- 山本彌生
企画プロジェクト&視察コーディネーション会社PDX COORDINATOR代表。東京都出身。米国留学後、外資系証券会社等を経てNYと東京にNPOを設立。2002年に当社起業。メディア・ビジネス・行政・学術・通訳の5分野を循環させる「独自のビジネスモデル」を構築。ビジネスを超えた "持続可能な" 関係作りに重きを置いている。日系メディア上のポートランド撮影は当社制作が多く、また業務提携先は多岐にわたる。
Facebook:Yayoi O. Yamamoto
Instagram:PDX_Coordinator
協働著作『プレイス・ブランディング』(有斐閣)