
最新ポートランド• オレゴン通信──現地が語るSDGsと多様性
なぜポートランドでは『建てる』より『育てる』を選ぶのか?──まちづくり・働きかたの新常識

|多文化のまなざしが育てた『共に創る力』
ケンさんの建築への視点の奥には、多文化的なルーツと、そこで育まれた感性があります。
育ったのは、メキシコシティと東京----。
異なる文化が交差する二つの都市を行き来しながら、ケンさんは自然と『違いの中で生きる力と感性』を身につけていきました。
地元メキシコの学校に通い、毎年夏休みは東京で過ごす。
ひとつの言語や価値観に縛られない暮らしのリズム。それが、観察する眼差しを育てていったように感じます。
実は、彼の父は日本人の美容師としてロンドンやパリで腕を磨いたのち、南米での仕事をきっかけにメキシコへ。
その地でキャリアを築き、美容専門誌でたびたび表紙を飾り、世界的な賞を次々と獲得するという。まさに異国で名を馳せた著名な人物です。
幼いころから、そんな父の姿を見て育つ中で、異なる文化や視点を持つ人たちと協働すること。そこから、より良いプロジェクトが育まれる。そう自然に考えるようになったと言います。
現在も、日本語・スペイン語・英語の三言語を自在に使い分けているケンさん。
たとえば、感情を表すときはスペイン語。年長者と話すときや落ち着きたいときには日本語。仕事の場では英語。
この多層な言語感覚が、複雑な価値観が交わる建築の現場において、大きな強みになっているのだと感じます。
文化を越えて、対話しながら共に創る。
そのプロセスにこそ、これからのまちづくりや空間デザインの核となる『問いかけ』が潜んでいるのではないでしょうか。
そして、そんな彼の感性の根底には、もう一つ大切にしてきた心の習慣があるのです。

|人生と地域に寄り添う、建築という仕事のかたち
もう一つ、ケンさんの原動力となっているのが、家族が営んでいた美容サロンでの経験です。
両親の病気をきっかけにサロンの運営を手伝った際気づかされたこと。それは、仕事場は単なる職場ではなく、「スタッフやその家族が人生を築いていく暮らしの場」ということ。
ケンさんが大切にしているのは、「仕事を通じて、地域と人の人生に寄り添うこと。」
そのまなざしが、ベラ・プロジェクトの中核となる『空間を共に育てる姿勢』に息づいています。
「建物ではなく、関係性を育てる姿勢を何より重んじています。」
建築家である前に、一人の生活者として地域に関わること。
『地域と人に寄り添う姿勢』があるからこそ、共に未来を築こうという信頼が芽生える。
ケンさんの現場からは、そんな力強い関係性の芽吹きを感じました。
そしてその視点は、いまの日本の『突きつけられている問い』として無視できないテーマになっています。

| これからの日本に必要な『共に育つ』という選択肢
今、日本各地で『暮らしの安心』や『人とのつながり』が、あらためて見直され始めています。
背景には、高齢化・単身世帯の増加、そして心の豊かさを求める時代の気運があります。
実際に、住まいの質や地域との関わりが、心と身体の健康に深く影響していることが、さまざまな研究から明らかに。
『住環境の快適さ』や『日常的な近隣との交流』が、ストレスを大幅に減らし、認知機能の健康を保つのに非常に役立つ(厚生労働省 、2022年度研究報告)
今の日本では、地域のつながりが暮らしの安心や幸福に直結する時代に入っています。
そんな中で、いま本当に必要とされているのは、単に建物やインフラを整えることではなく、『ともに暮らしを育てる場』をどう築いていけるか――その問いではないでしょうか。
この視点は、「一人でつくる建築ではなく、協働でつくる暮らしの場」というケンさんの言葉とも響き合います。
建築とは、構造物を超えて、人と人との関係性をかたちづくる営みでもあります。まちを育てるという発想こそが、これからの日本に求められる共感の起点です。
それは、10年後に誰もがつながりを感じられる地域社会へと向かう、重要な転換点になるのかもしれません。
あなたのまちには、どんなつながりの種が眠っていると思いますか?
| 次号予告
キャリアを終えたあと、人は社会にどう関われるのか?
いま、米西海岸を中心に、経験を武器に起業家を支える「実践型メンター」たちが静かな注目を集めています。引退は終わりではなく、新しい価値創造の始まり。
日本でも求められ始めた、セカンドキャリア支援のヒントを探ります。2025年8月下旬 掲載予定。
人生の後半こそ、自分で選び直す時間が始まるーーー
本記事掲載にあたってのゲストとの合意上、直接のご連絡はお控えください。

- 山本彌生
企画プロジェクト&視察コーディネーション会社PDX COORDINATOR代表。東京都出身。米国留学後、外資系証券会社等を経てNYと東京にNPOを設立。2002年に当社起業。メディア・ビジネス・行政・学術・通訳の5分野を循環させる「独自のビジネスモデル」を構築。ビジネスを超えた "持続可能な" 関係作りに重きを置いている。日系メディア上のポートランド撮影は当社制作が多く、また業務提携先は多岐にわたる。
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Instagram:PDX_Coordinator
協働著作『プレイス・ブランディング』(有斐閣)