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ヴィズマーラ恵子|イタリア

トランプ30%関税の衝撃:欧州とイタリアが直面する経済的試練

Shutterstock-Novikov Aleksey

関税戦争の勃発と欧州経済への深刻な影響

突然の関税発表がもたらした衝撃

2025年8月1日、世界経済に大きな激震が走った。トランプ米大統領が、EU全域からの輸入品に対して30%の関税を課す方針を正式に発表したのである。この決定は、まさに青天の霹靂と言えるだろう。EU全体の対米輸出額は約3,820億ユーロ(約64兆9,400億円)に達しており、この巨額な貿易関係が一夜にして危機にさらされることになった。

深刻な影響を受けるのは、米国市場への依存度が高い産業分野であろう。化学、医薬品、自動車・部品、機械、農産品など、これらの分野では企業経営者たちが息を呑む思いで事態の推移を見守っているはずだ。長年にわたって築き上げてきた米国との貿易関係が、政治的な決定によって一瞬で変わってしまう現実に直面しているのである。

イタリア経済への直撃弾

イタリアにとって、この関税措置は特に深刻な打撃となると考えられる。
同国の農産品・加工食品輸出は約30億ユーロ規模(約5,100億円)に達し、その中でもワイン輸出は約19億ユーロ(約3,230億円)という巨大な市場を形成している。この数字を見るだけでも、イタリア経済がいかに米国市場に依存しているかが理解できるのではないだろうか。
すでに15%の関税を負担しているチーズ製品に、さらに30%の関税が課されれば、実質的な関税率は最大45%にまで跳ね上がる計算になる。ワインは35%、トマト加工品に至っては42%の価格上昇が見込まれているという。これらの数字は、単なる統計ではなく、イタリアの伝統的な産業が直面する現実的な脅威を物語っていると言えるだろう。

化学産業の窮地

化学製品分野における影響も看過できない。EU全体での対米輸出額が400億ユーロ(約6兆8,000億円)を超える中、イタリアは約30億ユーロ(約5,100億円)という相当な規模の輸出を行っている。30%の関税が実施されれば、化学・医薬品・化粧品などの分野で米国へのアクセスが実質的に封鎖される事態になるであろう。

この状況は、単に輸出が減少するという問題にとどまらない。長期的な研究開発投資、雇用創出、そして技術革新の停滞にまで波及する可能性が高いのだ。化学産業は高度な技術と継続的な投資を必要とする分野であり、市場アクセスの急激な変化は企業の戦略的判断に深刻な影響を与えるはずである。

自動車産業の深刻な危機

自動車セクターにおける影響は、もはや危機的と言っても過言ではないだろう。EU製自動車の対米輸出は約389億ユーロ(約6兆6,130億円)に上り、このうちイタリア製車両や部品の輸出額は合計で約40億ユーロ以上(約6,800億円)とされている。この数字が示すのは、イタリアの自動車産業がいかに米国市場と密接に結びついているかということなのだ。

特に深刻なのは、部品メーカーへの影響で、イタリアの2,500社以上の部品企業がこの措置によって収益圧迫に直面する見通しだ。これらの企業の多くは中小規模であり、急激な市場変化に対する適応能力には限界があると考えられる。北イタリアの多くの中小企業は、ドイツやフランス製の自動車部品を製造しており、ピエモンテ州の中小企業輸出の14%は直接的に米国市場とつながっている。

金融市場の動揺

市場の警戒感は、すでに欧州の株式市場に明確な形で現れている。7月初旬には、ミラノ証券取引所(FTSE MIB)が1.6%下落し、ドイツDAXが約1.1%、パリも1%前後の下落を記録した。これらの数字は、投資家たちが関税措置の影響を深刻に受け止めていることを物語っているのではないだろうか。
ミラノ フィナンツァが警戒を呼びかけている米国市場依存度の高いイタリア企業16社の中には、STMicroelectronics、Stellantis、Ferrari、Pirelli、Brunello Cucinelli、Campari、Diasorin、Tenaris、Buzzi Unicem、Prysmianなどの名門企業が含まれている。これらの企業の株価動向は、今後のイタリア経済の先行指標となるであろう。

通貨安の二重苦

関税措置に加えて、イタリア企業を苦しめているのがドル安の進行である。第2期トランプ政権開始以降、ドルはユーロに対して13%も下落している。この通貨変動は、輸出品の価格競争力を著しく低下させ、イタリア輸出業者にとって実質的な追加関税として作用しているのだ。
結果として、イタリアの輸出業者は平均21%という「実質関税負担増」に直面している。

これは、関税措置と通貨変動という二重の打撃を受けていることを意味している。高級品の一部は消費者価格に転嫁することが可能だが、一般消費財については利幅減少か市場撤退のリスクを抱えることになるだろう。


関税エスカレーションの恐怖

トランプ大統領の戦略で最も恐ろしいのは、関税のエスカレーション条項であろう。EUが報復関税を課せば、米国の関税は30%にさらに上乗せされ、最大60%に達する可能性があるのだ。これは、まさに関税戦争の悪循環を生み出す仕組みと言えるだろう。

2025年4月以降、米国の輸入関税率の平均は2.3%から8.8%に急上昇している。EUに対しては、平均関税率が1.3%から6.7%に増加しており、EU諸国の中でイタリアの平均関税率はすでに8%に達し、ドイツの11%、フランスの6.4%に次ぐ高率となっているのが現状である。

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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