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NYで生きる!ワーキングマザーの視点

ベイリー弘恵|アメリカ

40代でブロードウェイに挑む、小野功司という生き方

©Koji Ono (掲載写真すべて)

小野功司さんと出会ったのは、2019年。
ニューヨークで開かれたNPO主催のイベントだった。ビザに関する弁護士を招き、これからアメリカで挑戦しようとする俳優や音楽家たちが集まる場だ。

その中で、小野さんはひときわ元気で、強い存在感を放っていた。声が大きいからではない。前に出ようと無理をしているわけでもない。ただ、立っているだけで目を引く。話せばなおさらだ。言葉に迷いがなく、行動が早い。

名刺交換のあと、実際にすぐ返事をくれた人は多くなかった。取材として記事に取り上げたのも、ごく一部だ。小野さんは、その数少ない一人だった。

当時から、私は感じていた。
この人は、アメリカで必ず何かを成し遂げる。

それは期待でも応援でもなく、直感に近い確信だった。エネルギーがあるだけではない。考え、動き、結果を出す。その速度が、すでに「挑戦する側」の人間のものだった。

そして数年が経った今、再び彼の歩みを追う中で、その直感は確信へと変わった。

2025年、小野功司は全米を巡るクリスマス公演の舞台に立っていた。

全米ツアーの現実

華やかなクリスマス公演に反して、ツアーの裏側は華やかではない。
1日に7〜8時間バスに揺られ、そのまま劇場入りし、本番を迎える。インディアナからコネチカットまで、12時間移動する日もあった。

20代、30代の俳優たちに囲まれ、40代はほぼ一人。
それでも彼は、舞台に立ち続ける。この事実が持つ意味は大きい。

全米を回るクリスマス公演は、アメリカの演劇文化の中でも特別な位置づけだ。家族が集い、街が最も温度を持つ季節。

「子供から大人までが劇場を埋め、客席はほぼ満席になるんです。客席から子供の笑い声がきこえてきたりして、アメリカではクリスマスが、日本のお正月みたいにファミリーで集まる大切なイベントなのだと感じました。」

その舞台に、日本人俳優として、しかも40代で立っている。

長距離移動を繰り返しながら、本番を重ねる彼の姿から、私は強いパワーを感じた。
今度こそ、彼はブロードウェイに近づいている。
そう思わずにはいられなかった。

40代で、なお前に出るということ

何より圧倒されるのは、年齢に対する姿勢だ。
40代になっても、小野さんは「守り」に入らない。俳優としてニューヨークで勝負する。その覚悟に、一切の曇りがない。

今年は俳優業にフォーカスすると決め、ダンスレッスン、歌のレッスン、英語学習を続けている。英語の楽曲をアメリカ人と一緒に歌い、ノンネイティブとして2か月弱、同じ環境で生活する。その中で、自分でも英語力の成長を実感しているという。

「今年は、バキバキいきます」

その言葉は、軽くない。
昨年まで3年間は日本でプロデューサー業に重きを置いていたが、今年は違う。自らをもう一度、俳優として最前線に置いた。

身体を削り、身体を信じる

90分ノンストップで動く舞台。
早替え(衣装を着替えること)を繰り返し、真冬でも汗だくになる。ツアー期間中、酒を断ち、体重は10キロ落ちた。85キロから75キロへ。身体は明らかに変わった。

アメリカの舞台で求められるのは、持久力と強度だ。中でも大変だったことを聞くと、

「リフト(女性を両手で高く持ち上げる)は日本の舞台でもやってましたが、欧米人の女性は、日本人女性より身長も高く、体格も大きいので、支えるためには、しっかり腹筋を使って、腰を守るようにしました。」簡単ではない。それでも、彼は挑む。

マイナス17度の世界で、葛根湯を飲むことで冷えから身体を守った。相部屋だったこともあり、夜はスポーツバーへ一緒に出かけるくらいのマブダチになったディエゴが、シャワーを浴びるだけでいても、自分は日本人らしく、しっかり湯船に浸かり、身体を整える。ジャンクフードに偏らないよう、野菜やフルーツを意識的に取る。

すべては、舞台に立つためだ。

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マブダチのディエゴとツーショット

ツアーでのアメリカ人との交流

終演後、観客を見送るとき、「ハッピーホリデー」と言葉を交わす。その中で、「あなたのダンスが一番よかった」と声をかけられることもある。

インディアナでは、日本語で話しかけてくれた50代くらいの白人女性がいた。日本の大学に留学していたことのある、インディアナ州立大学で心理学を教える教授だった。

「ツアー中は、しばらく日本語を使っていなかったので、日本語で話しかけてくれたのがうれしかったです。その教授には、舞台の後もEメールを日本語で交わしたりして、連絡をとりました。」

舞台は、人と人をつなぐ。
国籍も年齢も関係なく。

ネバーギブアップという選択

小野さんはOビザを取得し、アーティストとして6年目を迎えている。
「大谷翔平選手のように、自分の好きなことを突き詰めたい」

遊ぶためではない。
成功のためだけでもない。
好きだから、やる。

「今年の僕のテーマは『ネバーギブアップ』です。
迷って悩んでいるうちに年を取るくらいなら、行動する。いつだって、今が一番若いのです。」

42丁目、その先へ

今回のオーディションで得たチャンスは、マンハッタンのど真ん中42丁目のキャバレーでアニメソングを歌うショーの出演だ。
日本が世界に誇るアニメソングを、ブロードウェイの中心で歌う。

「支えてくれる人たちへの恩返しとして、舞台に立ち続けたい。何かがうまく行かない時にも、ネガティヴの沼に、はまりたくありません。もちろん、つらいこととか苦しいこととかあるけど、成長するための糧と思っています。応援してくれる人へ自分の姿をもって笑顔にしたいのです。」と語る。

アメリカ人の中で、唯一の日本人男性として立つ。その姿が、誰かの背中を押すなら、それが自分の糧にもなるのだとか。

40代で、ニューヨークで、ブロードウェイを目指す。
それは簡単な挑戦ではない。

だが、2019年に出会ったときから変わらず、いや、それ以上に。
小野功司は、今も光っている。

全米を巡るクリスマスの舞台を経て、その光はより強く、より現実的なものになった。
彼は確かに、ブロードウェイへと近づいている。

そしてその姿は、静かに、しかし確実に語りかけてくる。
挑戦に、遅すぎることはない。

newsweekjp_20260109194847.jpg【プロフィール】
小野功司(おのこうじ)早稲田大学在学中に円演劇研究所に入所。 2年間、芝居を学ぶ。 その後、大学卒業後にアメリカに3ヶ月間留学中にブロードウェイミュージカルを観て感動してミュージカルの道に進むことを決意。 帰国後にダンスレッスンに励み、東京ディズニーランドでダンサーとしてデビュー。 その後は劇団四季に入団し、11年間在籍。 ライオンキングやウエストサイドストーリーと言ったブロードウェイミュージカルに多数出演。 退団後はNYに渡りアメリカで舞台に出演しながら、ミュージカルのプロデュースも開始。

instagram koji_ono_nyc

●ベイリー弘恵が2019年に小野功司さんを取材した記事

●小野さんが出演したChristmas in the Airのパンフレット

●42STキャバレーショーのチケットはこちら

 

Profile

著者プロフィール
ベイリー弘恵

NY移住後にITの仕事につきアメリカ永住権を取得。趣味として始めたホームページ「ハーレム日記」が人気となり出版、ITサポートの仕事を続けながら、ライターとして日本の雑誌や新聞、ウェブほか、メディアにも投稿。NY1page.com LLC代表としてNYで活躍する日本人アーティストをサポートするためのサイトを運営している。

NY在住の日本人エンターテイナーを応援するサイト:NY1page.com

ブログ:NYで生きる!ベイリー弘恵の爆笑コラム

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