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中東・アフリカから贈る千夜一夜物語

木村菜穂子|トルコ/エジプト/ケニア

ケニア人はコーヒーがお嫌い?

コーヒーとコーヒー豆 - Odan 画像

アフリカ有数のコーヒー産地として知られるケニア。世界のスペシャルティコーヒー市場で高い評価を受けるケニア産コーヒーは、日本でもおなじみだ。

しかし現地を訪れると、意外な現実に気づく。ケニアでは、コーヒーは決して「国民的な飲み物」ではない。

首都ナイロビでは、確かにコーヒーを飲める店は増えている。都市部には、現地でよく知られたカフェチェーンの Java House や Artcaffe があり、若者やビジネスパーソンでにぎわう光景も珍しくない。また、大型スーパーマーケットの Carrefour に行けば、国内産のコーヒー豆も棚に並んでいる。

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ナイロビ市内のあちこちで見かけるカフェ Artcoffee。その奥にある赤いロゴのカフェは Java House。ー 筆者撮影

それでも、コーヒーは多くのケニア人にとって日常の飲み物ではない。理由はきわめて現実的だ。高いのである。

紅茶であれば、大人数でも安価で何杯も飲める。一方、コーヒーは明らかに「贅沢品」の価格帯に置かれている。現地で生活していると、紅茶とコーヒーの価格差は、日本以上に大きく感じられる。分かりやすく例えると、月収 10 万円の人が 7000 円のコーヒー豆を買うような感覚だ。なかなか勇気がいる値段ではないだろうか?

ケニアはかつてイギリスの植民地であり、1963 年に独立した。そのため、紅茶文化が根付いた背景を「植民地時代の名残」と説明することは簡単だ。だが、独立からすでに 60 年以上が経過している現在も、コーヒーが一般家庭に広く浸透していない理由は、それだけでは説明できない。

本質は、ケニアのコーヒー産業が長年にわたり、国内消費ではなく輸出を前提に設計されてきた点にある。ケニアの高品質コーヒーは国際市場向けの商品として価値が決まり、価格も外貨ベースで形成されてきた。その結果、国内で流通する場合であっても、「国民が日常的に買える価格」を基準にした商品設計にはなりにくい。

スーパーに並ぶ豆も、焙煎やパッケージ、ブランド化が施された完成品であり、輸出向けと同じ発想で付加価値が載せられている。自然と高価格になるのは避けがたい。

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ケニア発コーヒーチェーン「Java House」のコーヒー豆。中間層以上の「嗜好品」の扱いだ。 ー 筆者撮影

さらに重要なのは、ケニア国内では長い間、一般の人々が「おいしいコーヒー」に出会う機会そのものが限られていたことだ。良質なロットは輸出に回り、国内に流通するのは品質の劣るものが多かった。その結果、コーヒーは「苦くてあまりおいしくない飲み物」という印象が残りやすかった。

一方で紅茶は、安価で手に入り、ミルクと砂糖を加えれば満足感も高い。どの家庭にもポットがあり、職場でも当たり前に提供される。紅茶は嗜好品というより、生活インフラとして完成している飲み物なのだ。

私の友人はナイロビ近郊のルイル出身だ。ここにある Coffee Research Institute は、ケニアのコーヒー産業を科学・技術面から支える中核拠点である。彼女は幼い頃、プランテーションでコーヒー豆の収穫を手伝っていたという。しかし彼女自身も家族も、家庭でコーヒーを飲むことはなかった。コーヒーは仕事であって、日常の飲み物ではなかったのだ。今でも彼女のお気に入りは紅茶だ。

このように、ケニアは世界有数のコーヒー産地でありながら、長い間、自国民がコーヒーを楽しむための市場を持たなかった国でもあった。コーヒーは「輸出のための作物」として存在してきたのである。

ただし近年、変化も確実に起きている。ナイロビを中心に、自国産コーヒーの価値を再発見し、品質にこだわるロースターやカフェが増え始めている。若い世代の間では、「自分たちの国のコーヒーを、自分たちで楽しむ」文化が芽生えつつある。

ケニア人の日常の「贅沢」は、コーヒーではない

ケニアで生活していると、多くの人が好んで口にする組み合わせがある。それはコーヒーではなく、チャパティと甘い紅茶だ。

チャパティは、小麦粉と水を基本に油と塩を加えて焼いた薄焼きパンで、もともとはクリスマスなど特別な日にしか食べることができない食べ物だった。現在では家庭や屋台で日常的に食べられている。それを、たっぷりの砂糖とミルクを入れた甘い紅茶とともに味わう。

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ケニアで好んで食されるチャパティ ー Odan 画像

決して豪華ではない。だが多くの人にとって、この組み合わせは特別な安心感をもたらす。仕事や家事の合間にほっと一息つく、日常らしい時間の象徴でもある。

興味深いのは、この「心が落ち着く食べ物」の中にコーヒーが入っていないことだ。チャパティと紅茶は安く、どこでも手に入り、失敗がない。一方コーヒーは価格が高く、家庭で淹れる習慣も根付きにくい。

価格と手軽さと安心感がそろったものこそが文化になる。ケニアの飲み物の選択は、その現実を静かに物語っている。

「コーヒーでも飲まない?」が通じない理由

ケニアで人を誘うとき、「コーヒーでも飲まない?」と声をかけると、少し戸惑った表情を返されることがある。私が現在居を定めている片田舎に住んでいるようなケニア人ならなおさらだ。「ティーでも飲まない?」のほうがケニアでは自然だ。

ナイロビにはカフェがある。それでも多くの人にとって、「外でコーヒーを飲む」という行為自体が日常の選択肢に入っていない。コーヒーは高い。だがそれは単なる節約意識ではない。限られた収入の中で、確実に満足できるものを選ぶという生活の知恵でもある。

というわけで、ケニア人はコーヒーがお嫌いなのか。

答えは NO だ。正しくはこう言い換えるべきだろう。ケニアでは、コーヒーは長らく「輸出のための作物」として扱われており、日常の飲み物として設計されてこなかったのである。

 

Profile

著者プロフィール
木村菜穂子

中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。

公式HP:https://picturesque-jordan.com

ブログ:月の砂漠―ヨルダンからA Wanderer in Wonderland-大和撫子の中東放浪記

Eメール:naoko_kimura[at]picturesque-jordan.com

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