コラム

「パナマ文書」を最初に受け取ったドイツ人記者の手記にみる、「暴露の世紀」の到来

2016年08月26日(金)16時30分

Carlos Jasso-REUTERS

<パナマにある法律事務所から、世界の企業や個人によるタックスヘイブンの利用実態が記載された文書が流出し、世界に衝撃を与えた。この「パナマ文書」を最初に受け取ったドイツのジャーナリストによる手記が翻訳刊行された>

 今年4月3日、米国ワシントンDCに本部を置く国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が世界各国で一斉に「パナマ文書」についての報道を開始した。世界各国の現職あるいは引退した政治指導者たちやその親族、映画スター、スポーツ選手、富裕層、そして犯罪者が海外の租税回避地(タックスヘイブン)に無数のペーパーカンパニーを設立している実態を暴き出した。

【参考記事】世紀のリーク「パナマ文書」の衝撃と波紋

 パナマ文書は、中米パナマにあるモサック=フォンセカという法律事務所から流出した内部文書で、ICIJに参加する80カ国、400名以上のジャーナリストたちが数カ月かけて分析し、そのショッキングな内容を報じた。

 最初にデータを受け取ったのは、ドイツの南ドイツ新聞の記者バスティアン・オーバーマイヤーだった。彼は家族との休暇の最中、「データに興味はあるか」という電子メールを受け取る。それが史上最大の情報漏洩の始まりだった。彼は、同じ新聞社で働くが家族関係のないフレデリック・オーバーマイヤーとともにこのデータの分析を始める。通称「オーバーマイヤー・ブラザーズ」である(二人の姓のスペルはObermayerとObermaierで異なる)。この二人による当事者の手記『パナマ文書』の日本語訳が発売になった。

データ・ジャーナリズム史上最大のリーク

 データの漏洩者は未だに明らかにされていない。漏洩者は「ジョン・ドゥ」と名乗った。これは裁判などで身元が明らかになっては困る人物、あるいは、どこかで発見された身元不明の死体に使われる名前で、日本語では「名無しの権兵衛」にあたる。

 ジョン・ドゥは少しずつデータをバスティアン・オーバーマイヤーに送ってきた。その方法は本の中で明示されていないが、おそらくは暗号化・匿名化されたデジタル通信だろう。最終的にはそのデータは2.6テラバイト(2,600ギガバイト)になった。私がこの原稿を書くために使っているパソコンは500ギガバイトのハードディスクを積んでいる。その5.2倍の量のデータ(保存された電子メール、PDF、ワード、エクセルなどの電子ファイル)が密かに届けられた。

 ウィキリークスが公表した米国政府の公電のサイズは1.7ギガバイトに過ぎない。エドワード・スノーデンが米国国家安全保障局(NSA)から持ち出したデータ量は定かではないが、おそらく1台のパソコンに入りきるサイズである。スノーデンはパナマ文書について「データ・ジャーナリズム史上最大のリーク」と言っている。

 私は最初にパナマ文書のニュースを聞いたとき、サイバー攻撃ないしサイバーエスピオナージによってデータが漏洩したのかと考えた。かつて中国が、米国の軍事データ50テラバイト(50,000ギガバイト:私のパソコン100台分)を盗んだとされた事件があった。にわかには信じがたい数字だが、パナマ文書の2.6テラバイトも1回のダウンロードで引き出すには時間がかかりすぎるだろう。きちんとしたセキュリティ・システムが入っていれば警報が出るレベルである。しかし、『パナマ文書』を読むと、データは長期にわたって何度も送られてきたことが分かる。

 そして、それはジョン・ドゥがモサック=フォンセカの内部データに怪しまれずに何度もアクセスできるということを意味しているのかもしれない。データは1970年代のものから最新のものまであったという。つまり、インサイダーによる漏洩が疑わしい。

 ジョン・ドゥは、オーバーマイヤーとのやりとりの中で「身元が明らかになれば、私の命は危険にさらされる」とも述べている。それなのになぜするのかと聞かれると、「この資料について報道がなされ、この犯罪が公になって欲しいのだ」と答えている。ジョン・ドゥはデータの対価も求めてはいない。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、トランプ氏にクリスマスメッセージ=

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 3
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 4
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 9
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 4
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story