コラム

意外だが、よく分かる米中のサイバー合意

2015年09月28日(月)17時10分

首脳会談の成果

 いざ、ワシントンDCでの米中首脳会談では、広範なテーマについてやりとりが行われたが、サイバー攻撃については、毎日新聞によれば「どちらの国も知的財産を盗むサイバー攻撃を実行しないし、支援しないことで合意した」とし、「両国はサイバー犯罪について対策を話し合う年2回の高官級の対話メカニズムを創設する」ことになったという。

 2014年5月に米国司法省が突然記者会見し、中国人民解放軍の5人の将校を顔写真入りで指名手配し、容疑者不在のまま起訴するという行動に出て以来、米中政府間のサイバー・ワーキンググループは中止されたままだった。今回、それを高官級に格上げして、実質的に再開することになったということだろう。

 この合意のポイントは、必ずしも中国(あるいは中国政府や人民解放軍)がこれまで米国に対するサイバー攻撃に関与してきたかどうかを認めたわけではないということである。過去に何があったかについては判断せず、「未来において」どちらの国も知的財産を盗むサイバー攻撃を実行しないし、支援しないことで合意したというところで、中国側も納得し、合意したということだろう。それによって、中国側が重視するメンツを保ち、習主席の訪米を成功させることを優先した。中国側は、首脳会談で重要なテーマにおいて決裂したとの印象・報道をどうしても避けたかったと見るべきだろう。その点では、米国側がこれまでかけてきた圧力が功を奏したとも見ることができる。

正念場を迎える中国

 実はこれまでも米国側の圧力はそれなりに中国を動かしてきた。最初にサイバー攻撃が米中首脳間で取り上げられたのは、2013年6月の首脳会談である。中南米歴訪の後、習主席は米国に立ち寄り、両首脳はカリフォルニアで会談した。その際は、中国はサイバー攻撃の被害者であるとの従来の主張を中国側が繰り返し、合意に達することはなかった。しかし、帰国した習主席は、自らをトップとする中央網絡与信息化領導小組(中央ネットワーク安全・情報化指導ワーキンググループ)を組織した。それ以前は中国側のサイバーセキュリティの責任者がはっきりしなかったが、自分が責任者であることを明示した。

 すでに2011年に作られていた国家互聯網信息弁公室(国家インターネット情報辦公室)の主任である魯煒が、習主席と領導小組の権威を得て、サイバーセキュリティ対策に力を入れられるようになった。実際、今回の習主席の訪米前に、中国は国内のサイバー犯罪者を大量に検挙するとともに、孟建柱・中国共産党中央政法委員会書記(サイバー問題特使)がワシントンDCに先乗りして米国政府関係者との事前協議を行っている。

 それらが功を奏し、米中首脳会談の決裂を回避し、習主席の訪米を一応は成功させることができた。しかし、いったん合意してしまった以上、その履行が求められることになる。中国側が米国からのサイバー攻撃に文句を付けられるようにもなるが、中国側が自国から米国に向けたサイバー攻撃、サイバースパイ行為を止められるかが最大の関心事になるだろう。

 国家主席に就任以来、習近平は権力基盤確保のための激しい国内政治闘争を戦ってきた。反腐敗キャンペーンと称し、江沢民元国家主席の子飼いであった周永康を捕らえ、胡錦濤前国家主席の子飼いであった令計画も捕らえた。おそらく、二人の前任者の介入を抑え、これからが習体制の本番となり、これまで十分な対応をとれなかったサイバー攻撃対策に力を入れられるかが問われることになる。

 言質を取った米国政府は、中国の対応を注視することになる。次の大統領選挙が本格化しつつあり、レームダック状態に入りつつあるオバマ政権にとっては、予想外の手柄であり、ひとまずは対中国政策の強力な武器を得たと見るべきだろう。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個

ワールド

「トランプ氏と喜んで討議」、バイデン氏が討論会に意
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story