コラム

存続意義が問われるドイツの公共放送

2022年10月25日(火)12時45分

ドイツの国際放送事業体である「ドイチェ・ヴェレ(ドイツの波)」も公的資金で運営されているが、その予算は放送受信料ではなく、連邦政府から支直接出されている。このような多様性は、ドイツの公共放送の地域的な起源にある。


takemura20221025cc.jpgARD の 9 つの公共放送会社 Creative Commons Attribution-ShareAlike 2.0 Germany license

第二次世界大戦後、西側連合国は西ドイツの放送システムをそれぞれの占領地域に再編し、ノルトライン=ヴェストファーレンにNWDR(イギリス領)、南西ドイツにSWF(フランス領)、アメリカ領にバイエルン(BR)、南ドイツ(SDR)、ヘッセン(HR)、ブレーメン(RB)の4局が設立された。

1946年から1950年にかけて、連合国はこれら設立間もない地方放送局の管理を徐々にドイツ人に移し、1950年6月にこれら6局を「ドイツ連邦共和国の公共放送機関の作業グループ」とし、この言葉は1954年にARDと省略された。

世論操作にメディアを利用したナチス時代の反省から、ドイツでは第二次大戦後、連邦政府は放送内容に介入してはならないこととなっており、放送行政は各州の所管となっている。ARDは、もう一つの公共放送局であるZDF(第2ドイツテレビ)とともに受信料制度を採用しており、徴収された6割がARDに、残りの4割がZDFに分配される。

この6つの放送局は、イギリス放送協会(BBC)をモデルにしている。つまり、国家からも民間市場からも独立した存在として設計され、ドイツ国民に民主的な価値観を再教育するために連合国によって特別に設立されたのである。

ハーバーマスの復活

1962年、ドイツの社会学者ユルゲン・ハーバーマスの最初の著書『公共圏の構造転換』が出版された。その中で彼は、公共圏を市民社会(生活世界)と政治・経済システムの間に位置づけた。公共圏の危機を「システムによる生活世界の植民地化」と呼んだ彼は、公共圏を担うメディアが資本主義の自己増殖の中で、企業の占有物となり、人々が生活する場である生活世界を植民地化するのをいかに回避できるかを問い続けてきた。

312109410_637487757821296_3434891643022570712_n.jpgユルゲン・ハーバーマスの新著『公共圏の新たな構造変化と審議政治』(2022年)

この著作は後に20世紀社会学の偉大な古典の仲間入りをし、歴史や社会科学における幅広い研究を刺激した。そして、ハーバーマス自身、その後の著作で、民主的な政治を存続させるための公共圏の役割について繰り返し発言してきたのである。

ハーバーマスは、デジタル化によって変化したメディア構造と民主主義の危機を見据え、93歳となった今年、再度このテーマに立ち返り新版を出版した。ハーバーマスが再びペンを取った理由はなぜか?デジタル化の圧力の下、過去10年の間に、古いルールを破る新しい形の公共圏が出現したとハーバーマスは見ていた。

デジタル公共圏の課題

しかし、この新たな「公共圏」は、ハーバーマスが理想とするものとはかけ離れたものだった。大手日刊紙の発行部数が激減し、Facebook、Twitter、YouTube、Instagramなどのソーシャルメディアが人々の主な情報源になってきた。そこでは、かつて適用されていた真実の確認というジャーナリズムの倫理や、大手新聞の公約から解放された変幻自在な情報が流通している。

毎日更新される情報と多様な解釈の流れによって、メディアは客観的であると仮定した世界は揺らぎ、曖昧な日常を絶えず確認し、補足する流動的な世界となってきた。それは、編集的あるいは公式な公共圏から分裂した、自発的で断片的な公共圏であり、人々は解釈や意見の自己言及的な相互確認へと引き込まれていく。

すべてのユーザーが著者にはなっても編集者にはならない。そのため、情報品質のフィルタリングが不要になる。ハーバーマスの新著の核となるのは、「古い」構造変化の決定的な推進力であった伝統的なマスメディアを衰退させた、新しいメディアとそのプラットフォーム的性格を詳細に扱った部分である。

ハーバーマスの考察では、新しいコミュニケーションの形態が、政治的な公共圏の自己認識にダメージを与えているという仮定である。これが現在における公共圏の新たな構造変化であり、民主的な意見・意志形成の熟議過程に深刻な影響を与えているとの指摘なのだ。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

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