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ガザ停戦は始まっても和平は遠い、アメリカの拒否権も問題の一部

Will Trump’s ceasefire plan really lead to lasting peace in the Middle East? There’s still a long way to go

2025年10月14日(火)20時13分
アンドリュー・トーマス(豪ディーキン大学中東研究講師)
イスラエルの刑務所から釈放されたパレスチナ人

停戦と人質交換合意に基づきイスラエルの刑務所から釈放されたパレスチナ人(10月13日、ガザ地区ハン・ユニスのナセル病院前に到着したバス)

<トランプの和平計画の第一歩が動き出し、ハマスは人質全員を解放し、イスラエル軍も一部撤退を完了した。だが戦争終結までには課題が山積している>

ガザでの和平計画の最初のステップが動き出した。ハマスは72時間以内に人質全員を解放し、イスラエル国防軍(IDF)はガザ地区内の合意されたラインまで撤退するという条件に双方が合意した。

2年にわたる戦闘の末、ガザでもイスラエルでも希望が高まっている。ドナルド・トランプ米大統領が提示した20項目の和平計画は、和平に向けた有効なロードマップになる可能性があると見る向きもある。

しかし、現時点の取り決めは過去の停戦合意と大きく変わらない。そして、停戦は和平ではない。停戦が意味するのは戦闘の一時停止にすぎず、紛争そのものを政治的に終結させるのが和平だ。今回の合意も、恒久的な解決への第一歩にすぎない。

交渉の成否は細部にかかっているが、この計画は具体性に乏しい。IDFは完全にガザから撤退するのか。ガザの併合を明確に否定するのか。誰がガザの統治を担うのか。ハマスはその統治に関与するのか──戦闘が停止する前から、重大な意見の食い違いがいくつもある。

短期的な停戦のステップは守られたとして、その先には何が待っているのか。和平合意に至るには何が必要なのか。

まず、停戦を維持するための政治的圧力が必要だ。全ての人質の解放が終わればハマスは交渉上の切り札を失う。一方、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、人質交換が終われば戦闘再開を求める右派の圧力にさらされる可能性がある。

それでも和平を維持するには、イスラエルにも国際社会にも、ハマスによる攻撃が起きた2023年10月7日以前のような無関心ではなく、対話と妥協に向けた真剣な取り組みが求められる。

次に、ハマスは武装解除し、ガザでの政治的権限を放棄する必要がある。ただしそのためには、主権を持つパレスチナ国家の国際的承認が前提であるとの立場をハマスは取り続けてきた。

2024年10月10日には、ハマスを含むガザ内の複数の政治・武装勢力が、和平案に盛り込まれた「外国勢力による暫定統治」に明確に反対し、ガザの統治は「われわれ自身、つまりパレスチナ国民の手によって直接決定されるべきだ」と表明した。

これらの立場は共通して、外部主導の解決策に対して強い警戒感を示すものだ。

いかなる暫定統治も、現地住民の実情と政治的意思を反映したものでなければうまくいかない。トランプとトニー・ブレア元英首相が暫定統治機構を主導する構想は、パレスチナ人を将来の枠組みから排除した過去の失敗を繰り返す危険性をはらんでいる。

また和平案の一部として人道支援の再開が盛り込まれているが、2007年から事実上続いてきたガザ封鎖の行方は依然として不透明だ。ハマスによるガザ掌握を受けてエジプトとイスラエルが課した封鎖によって、ガザは陸・海・空すべての出入口において、物資と住民の移動が大きく制限されてきた。

2023年10月以前の時点で、ガザ地区の失業率は46%に達し、住民の62%が食料援助を必要としていた。これは、肥料などの基本的な農業資材を含む輸入品の制限されているためである。

封鎖を解除しないなら、ガザの食料・医療・経済面の人道状況は、良くても10月7日の攻撃以前と同程度の不安定なものに留まることになる。

封鎖の初期段階から人道支援団体が「集団的懲罰」と呼んできたガザの人道状況は、2年の戦闘を経て桁違いに悪化している。

最も重要なのは、関係するすべての当事者が、ガザにおける和平を中東和平と不可分と捉えることだ。

ガザの衝突を、より大きなパレスチナ・イスラエル間の紛争から切り離して考えるのは誤りだ。ガザおよびヨルダン川西岸におけるパレスチナ人の民族自決の議論を真剣に受け止め、和平計画の中心に据えるべきだ。

トランプが示した20項目の和平計画は「パレスチナの自決と国家権利への信頼に足る道筋」をうたっているが、過去の経緯が示すように、「道筋」はしばしばお題目に終わってきた。

和平の妨げとなる要因は多い。イスラエルによる入植や併合、エルサレムの地位、非武装化の問題などがそれにあたる。

実効ある第一歩は、国連安保理がパレスチナ国家承認の採決をする際にアメリカが拒否権を行使しないことだ。最近の国連総会では複数の国がパレスチナ国家を承認したが、アメリカはこれまで安保理の正式承認をすべて阻止してきた。

課題山積とはいえ、戦闘の一時停止が望ましいものであることに疑いはない。

2023年10月7日以降の死者数はおよそ6万人以上にのぼり、ガザ住民の11%が死傷し、イスラエル側でも465人の兵士が命を落とした。人道支援の再開だけでも、ガザで進行中の飢餓への対処には大きな効果を持つだろう。

しかし、和平交渉は最良の状況下でも極めて困難だ。誠意、持続的な関与、信頼が不可欠である。この紛争の根は数十年にわたっており、不信は制度化され、時に武器として利用されてきた。

1990年代のオスロ合意では、パレスチナ国家樹立に向けた段階的プロセスが合意されたが、最終的な解決には至らなかった。その交渉過程が、和平の困難さを如実に示している。そして現在の状況は、当時より悪い。

交渉に関わるどの当事者が、合意形成に必要な政治的意思を持っているかはわからない。和平の芽は確かにあるが、それが自然に実現するものだと考えてはならない。

The Conversation

Andrew Thomas, Lecturer in Middle East Studies, Deakin University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


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