最新記事

日本

盲目のスーダン人が見た日本の「自由」と「課題」

BEYOND THE BRAILLE BLOCKS

2022年8月12日(金)14時40分
モハメド・オマル・アブディン(参天製薬勤務、東洋大学国際共生社会研究センター客員研究員)
モハメド・オマル・アブディン

来日24年、現在はスーダン出身の妻と日本で家庭を築き、3人の子を育てているモハメド・オマル・アブディン氏 YUSUKE MORITA-NEWSWEEK JAPAN

<デジタル化の遅れなどの障壁はあるが、点字ブロックや手すりといった障害者向けインフラは世界屈指のレベル。日本には「外出しやすい環境」が整っている>

私が「目の見えないスーダン人」として日本にやって来たのは19歳の時。生まれつき弱視だった私は12歳で視力を失ったが、スーダンでは普通学校に通っていた。国内に盲学校が1校しかなかったから。そのため点字を読む訓練を受けたことはなく、勉強は友人に教科書を読み上げてもらい、耳で覚えていた。
2022080916issue_cover200.jpg

だから、来日して福井県の盲学校で日本語と点字を覚え、初めて他人に頼らずに本を読めたときの感動は今でも忘れられない。私は日本に来て「学ぶ自由」を得られた。

「日本では視覚障害者に対する学習支援がスーダンよりも進んでいるに違いない」――スーダンで国際視覚障害者援護協会の招聘プログラムについて知り、日本行きを決断したときの勘は正しかったというわけだ。

それから24年。今ではスーダン出身の妻と日本で家庭を築き、3人の子供を育てている。

magSR20220812beyondthebrailleblocks-2.jpg

治安がよく、公共交通機関が発達していて便利な上、点字ブロックや手すりが世界で類を見ないほど整備されている HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

アメリカやイギリス、トルコ、スペインなど、これまでにさまざまな国を訪れた。視覚障害者の支援に関して、日本のハード面の進展は世界でも群を抜いていると思う。

具体的には、電車やバスなどの公共交通機関が発達しており、街中や駅、商業施設などの至る所に手すりや点字ブロックが整備されていること。青になったことを知らせてくれる音の鳴る信号機まである。視覚障害者が一人でも外出できる環境が整っているのだ。

これらの設備がないスーダンでは視覚障害者の外出に危険が伴うので「それなら家の中にいさせたほうがよい」と考える人が多い。

ただし、そんな日本のインフラにも都市と地方では交通機関の利便性に差があるし、後述する「ハード面以外」の課題もあるのだが......。

magSR20220812beyondthebrailleblocks-3.jpg

HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

「学ぶ自由」を得た私は、盲学校を卒業した後、短大でコンピューターと音声読み上げソフトの使用法を学び、さらに世界を広げた。

それまで視覚障害者にとって最も大きな障壁は情報へのアクセスだった。それが音声読み上げソフトの登場により、点字に直された本だけでなく、インターネット上の情報をいち早く読めるようになったことは大きい。

その後は、興味があった法律や政治を学ぶため東京外国語大学へ。36歳の時に博士号を取得し、その後6年間ほど、同大学や学習院大学でアフリカ地域研究を中心に教壇に立った。

現在は目に特化した専門企業である参天製薬に勤め、インクルージョン(包摂)戦略に取り組む一方、研究も続けている。学生時代に立ち上げたNPO法人「スーダン障害者教育支援の会」の代表理事として、スーダンの子供たちに点字やパソコンでの学習支援も行っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「気持ち悪い」「恥ずかしい...」ジェニファー・ロペ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中