最新記事

リトアニア

習近平のメンツ丸つぶし 欧州「中国離れ」に火をつけたリトアニアの勇敢さ

2022年1月15日(土)11時45分
東野篤子(筑波大学 人社系国際公共政策専攻 准教授) *PRESIDENT Onlineからの転載

リトアニア大使館員の中国からの撤退にしろ、中国当局の厳しい監視と嫌がらせが続く中で、リトアニア人外交官らが中国で十分な外交活動ができる状況ではそもそもなかった。このまま中国にとどまれば拘束の危険もあり、引き上げはむしろ正解であったともいえる。

ただし、その後中国が採用した措置により、リトアニアはいよいよ窮地に追い込まれつつある。

中国は12月中旬以降、欧州諸国を中心とした多国籍企業に対し、リトアニアで製造・加工された製品を用いた場合には中国への輸出を認めないと通告したとされる。

リトアニアには、ドイツ、フランス、スウェーデンなどのEU加盟国の多国籍企業が多数活動しており、そのなかにはドイツの自動車部品大手コンチネンタルなども含まれる。同社はリトアニアの工場で、自動車の座席コントローラーなどの電子部品を製造し、中国にも輸出しているが、同社の製品も中国の税関を通過できない状況である。

「ドイツ企業は工場を閉鎖する可能性がある」

影響は徐々に出始めている。EU加盟国の企業の一部は中国の圧力を受け、リトアニア関連の製品の使用停止を検討しているという。

また在バルト諸国ドイツ商工会議所は今週、リトアニア政府に対して書簡を送付し、「リトアニアと中国の経済関係回復のため、建設的な解決法が提示されるのでなければ、ドイツ企業はリトアニアにおける工場を閉鎖する可能性がある」と通知したという。

中国だけではなくリトアニアにも、態度を改める余地があるというメッセージが、ドイツのビジネス界から発せられた意味は重い。

リトアニアにとって、国内で稼働するドイツ企業はまさに生命線といえる。そのドイツのビジネス界が中国側に回るとなれば、リトアニア経済は完全に身動きが取れなくなる。

欧州の企業に直接圧力をかけるという中国の手法は、EU加盟国間の分断を深く静かに進行させている。

ここまで妨害活動をする中国の「焦り」

中国がここまでしてリトアニアへの妨害活動を行う理由はなにか。それは、台湾への接近を検討している他の諸国に対する「みせしめ」に他ならない。

リトアニアに続いて「台湾」代表処を開設し、台湾との関係強化を図ろうとする国が間違ってもこれ以上増えないよう、全力で阻止しようとしている。

リトアニアの動きを今止めなければ、「ひとつの中国」原則が、中国から遠く離れた欧州の小国をきっかけに突き崩されてしまいかねないというのが中国の焦りである。

このため、国際法違反も厭わずあらゆる手段を用いてリトアニアに圧力をかけ、台湾との関係構築を断念させようとしているのだろう。

EUは、代表処の開設や台湾との交流の深化は「ひとつの中国」原則の違反ではない、とするリトアニアを支持している。そもそもEUでも、現在のEUの事実上の代表部である「欧州経済通商台北弁事処」を、「EU駐台湾弁事処」へと改称する動きも出ているし、2021年秋に公表されたEUのアジア太平洋戦略でも、対台湾関係の構築には積極的な姿勢を見せていた。

一丸となって対抗する体制にはないEU

その一方で、リトアニア製品が中国の税関でブロックされ、中国が欧州域内の多国籍企業にリトアニア製品のボイコットを強要していることに対しては、EUとして有効な対抗策をとることができていない。

EUは、中国の一連の行動には明確なWTOルール違反がみられるとして、WTOへの提訴を検討中だが、WTOを通じた問題には多大な時間が必要とされる。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 

ビジネス

米地銀リパブリック・ファーストが公的管理下に、同業

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年2月以来の低水準

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 5

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中