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マスク

マスクの弊害 視覚・聴覚障害者にとってのコロナ禍社会

2020年4月21日(火)16時30分
内村コースケ(フォトジャーナリスト)

ピリピリムードのスーパー、懸念される「触って見る」文化の崩壊

盲導犬がいれば「犬が連れて行ってくれるのだからマスクをしていても普通に歩けるのでは?」と思う人もいるだろう。しかし、実際のアイメイト歩行は、犬に導かれるものではなく、人が「Go(前進)」「Bridge(階段を探せ)」などの指示を出し、犬はそれに従いつつ、視力などを使って通行人や道にはみ出た看板を避けたり、不意に飛び出してきた車とぶつからないように自主的に止まったりする。つまり、アイメイト歩行は人と犬の共同作業なのだ。

佐藤さんは「犬を信頼していれば、感覚が鈍ってもホームから線路に落ちるようなことまではないとは思う」と言う。だから、アイメイトがいる時は、感覚の低下をおして今はマスクを着用している。マスクに慣れるために、近所の安全な道路でマスク着用での歩行練習を重ねているそうだ。一方で、「今犬がいなくなったら、杖ではとてもとても歩けません!」とも断言する。白杖歩行は自分の感覚しか頼るものがないからだ。

アイメイト使用者のほとんどが言うアイメイトがいる利点に、「町の人が親切にしてくれる」というものがある。犬の愛らしさ、けなげさが武器になって、一人で杖を持っている時よりも格段に「何かお困りのことはないですか?」「一緒にそこまで行きましょうか?」と通行人に親切にされることが多いのだ。しかし、今のコロナ禍社会では、世間の対応にもネガティブな変化が感じられると訴えるアイメイト使用者もいる。

外資系企業に務める東京23区在住の全盲女性(35)は、2月後半からテレワークになり、アイメイト歩行で地元のスーパーに行く機会が増えた。「ふだんよりもかなり混んでいます。皆さんがピリピリしているのを感じます。『ちょっと犬邪魔!』とか、『なんで避けないのよ』とか、ふだん言われないような言葉を受けるようになりました」と言う。

女性が暮らす地域では、平時よりもスーパーやドラッグストア、100円ショップなどがかなり混雑しているという。店側も出勤を最小限に抑えるギリギリの体制だ。そんな中、全盲の人のほとんどがそうしているように、この女性は買い物の際に、店員に売り場や商品の案内を依頼する。「ふだんは皆さん、快く対応していただき、大変感謝しています。でも、今は『案内できる者がいません』と言われたり、20分くらい待たされることが多くなりました。殺伐とした空気の中お願いするのは申し訳ないと思いつつ、じっと待つしかありません」。

「手で触る」ことのハードルも上がっている。「店員さんが商品の説明をしてくれる時は、売り場まで手引してくれますし、商品を手で触らせて大きさや形を確認させてくれます。でも、今は人や商品を触るのは気が引けます」。佐藤さんも、「視覚障害者には、ものを触ることによって見る文化があります。濃厚接触が忌避される現状で、それが崩壊するのが怖い」と言う。

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佐藤さんは、視覚障害者の「触って見る」文化の崩壊を懸念する

音が消えた町で立ち往生

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マスク越しの白杖歩行には、より困難を感じる人が多い

佐藤さんはイタリア語会話が趣味で、現地にイタリア人の友人がいる。SNSを通じて彼らから直接入ってくる情報から、日本とは段違いな外出制限の厳しさを知っている。そこで危惧するのが、日本でも人出がぱったりとなくって町から音が消える事態だ。視覚障害者は、通行人の足音や行き交う車の音で自分の位置と方向を判断しているからだ。道路の横断時にも、車の音の有無が主要な判断材料となる。音がない町は晴眼者にとっての暗闇と同じだ。

アイメイトの代替わりの間で、現在は白杖で通勤している東京都台東区の全盲女性(64)は、いつも前を通るデパートが臨時休業となり、出入りする人々の足音や店内からの空気の流れが消えたために、知り尽くしていたはずの町で方向を見失ってしまった。女性は「町の音という『耳印』が減って不安です。駅で人が近づくと稼働する誘導のアナウンスがなくなり、エスカレーターも止まっている所が多くなりました」と訴える。

感覚を鈍らせるため、電話交換手という仕事柄もあってつけたことがなかったマスクにはまだ違和感を感じる。「慣れると聞いていましたが、顔で受けていた風や日差しなどの熱感、匂いが遮断されて勘が鈍ることへの不安はまだあります」と語る。それに、彼女の生活圏である東京の都心は、ソーシャル・ディスタンスを広く取るのがただでさえ困難。「バス停での行列、電車に乗る時、座る時の間隔・・・。『2メートル間を空ける』ことが、(見えないので)できません」と不安は募る。

また、近年はインターネットを駆使する視覚障害者も多いが、高齢者の多くは地域情報の取得に自治体の広報紙などの朗読ボランティアに頼っている。この女性が住む台東区では、広報紙自体が人手不足で休刊となり、コロナ関係の地域情報も入らなくなっているという。各地の朗読ボランティアは、会場の公民館などの閉鎖と相まって、ほとんど活動休止となっている。視覚障害者の腕を引いて誘導するガイドヘルパーの同行援護も、一部の地域で「ヘルパーさんの安全のため」として、利用が難しくなっているという訴えも聞こえてくる。

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