最新記事

貿易

TPPを潰すアメリカをアジアはもう信じない

2016年11月29日(火)18時30分
バークシャー・ミラー(米外交問題評議会国際問題フェロー)

 トランプがTPPを批判しているのはおもに、TPPに参加すればアメリカの雇用がアジアに流出することになるのと疑っているからだ。こうした保護貿易主義的な主張はほとんど筋が通らない。ピーターソン国際経済研究所は、もしTPPが実現した場合、2030年までにアメリカの実質所得はおよそ1億3100万ドル増加すると推定する。また、2030年までに推定3570億ドルの輸出増進効果も加わるという。

 こうした経済的な恩恵に加え、TPPがほかの大型貿易協定と異なるのは、ハイレベルの自由貿易をメンバー国に課していることだ。合意には何年にも及ぶ厳しい交渉が必要だった。TPPは、関税率を引き下げ市場アクセスを提供するだけではなく、加盟国に徹底的な構造・規制改革を強く促す。改革に向けたこれらのコミットメントの多くは、日本などのアメリカの同盟国やベトナムなど新興の友好国に高い政治的犠牲を強いている。これらの国々は、膨大な時間とカネを費やしたこの協定を反故にすべきか、あるいは、当面はアメリカ抜きのTPPを受け入れるべきかどうかという決断に迫られている。

一旦はアメリカ抜きで

 TPPが後退したことで、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)など、中国が主導する協定は再び活発な動きを見せている。TPPとRCEPの加盟国は大きく重なるが、最も顕著な違いは、前者が中国、後者がアメリカを欠いているという点だ。中国政府は、アジアインフラ投資銀行や「一帯一路」のインフラ構想への参加を促すことで、同国の経済計画を強く推進する見込みだ。また中国政府は、日本・韓国との三カ国による貿易交渉を通して、アジア太平洋地域からアメリカの影響を引き離そうとしてする可能性もある。

 ほかの手段があるとすれば、アジア太平洋地域における自由貿易協定だろう。APEC(アジア太平洋経済協力)が主導する理想主義的な構想だ。これにはアメリカと中国の両国が含まれることになるが、実現の見込みはTPPよりもはるかに低いと思われる。

 アメリカがTPPから離脱すれば、オバマ外交から「アジアのリバランス」というレガシーが損なわれる。リーダーシップの所在が不明確になり、同地域が不安定化することにもつながる。日本の安倍晋三首相は、当初こそTPPに反対していたものの、いまでは皮肉なことに、TPPの最も多弁なセールスマン的存在となり、「TPPの成否は、世界の自由貿易体制とアジア太平洋地域の戦略環境を左右するだろう」と述べている。安倍のこの警告は、アジア諸国の懸念でもある。トランプは、事の重要性をよく考えるべきだろう。

From Foreign Policy Magazine

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国が軍事パレードで新兵器披露、抑止力のメッセージ

ワールド

ロシアがウクライナに大規模空爆、鉄道員ら負傷・重要

ワールド

仏政権崩壊なら赤字削減で妥協不可避=財務相

ワールド

ロ朝首脳会談始まる、北朝鮮のロシア派兵にプーチン大
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 10
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中