最新記事

海外ノンフィクションの世界

3000万人の難民の子どもたちは、避難先で何を感じているか

2016年11月1日(火)16時45分
いわたかよこ ※編集・企画:トランネット

子どもの苦難を淡々とした筆致で表現

 本シリーズの特徴は、全て実話であること、子どもが主人公であること、絵本であること、そして、ラストにはいずれも希望が描かれていること。日本に暮らす今の子どもたちにとって「難民」という存在は正直遠いものかもしれないが、だからといって知らずに済ませていいものでは決してない。本シリーズではそれを、絵本という取っつきやすい形で紹介している。

 自分たちからは想像もつかないような人生を歩んでいる、自分たちと同じような年齢の子どもがいることを知ることで、幼い読者がそれぞれに何かを考えるきっかけとなるだろう。

 ノンフィクションであり、当然、5冊ともに内容は過酷だ。胸が苦しくなってくるが、前向きで明るい人生が待っていることを示唆するエンディングが用意されている。なかには、「ユーラシア」から脱出してきたと、いまだに安全上の理由から母国の名前を明記できない主人公もいる。そんな「現実」があることに、大人の読者も驚くかもしれない。

「難民」は、そもそも逃げることが大変だ。家族と離れ離れになったり、一歩間違えれば命を失うかもしれず、逃げられても、また国に送り返されることもある、危険と緊張の続く過酷な旅。さらに、ようやく辿り着いた国でも、今度は言葉がわからず、そのために孤独や疎外感と戦わなければならないという試練が待っている。本シリーズは、子どもたちのそうした苦難を淡々とした筆致で表現している。

印象的なセンテンスを対訳で読む

 最後に、本書から印象的なセンテンスを。以下は、『世界の難民の子どもたち ②「イラン」のナビットの話』の原書と邦訳からそれぞれ抜粋した。

●It was night time and I spent the whole journey looking at him, tyring to figure out who he was and what was happening.
(だんだん暗くなっていきます。ぼくは、おとうさんだけを、じっと見ていました。そして、考えていたんです。この人は、だれなんだろう? いったい、どうなっているんだろう?)

――主人公が幼い頃、先に国を出た父との久しぶりの再会。長く過酷な旅の果てに突然状況が一変し、父親を名乗る「知らない人」とともに車に乗っていく主人公の戸惑いが表現されている。

●But gradually, I became more and more comfortable around him as I figured out that he was actually my dad!
(でも、少しずつ、緊張がほぐれていきました。そばにいるだけで、安心できました。うん、まちがいない。やっぱり、ぼくのおとうさんだ!)

――そんな主人公が、時間の経過とともに父子の絆を心で感じ、ようやくほっとできた安堵感、父への信頼、愛情が、短い文章の中に十二分に表現されている。

●So even though the first few months were difficult, having that sense of support was amazing for me. And, of course, I had my mum and dad.
(たしかに、最初のうちは、なじめないことばかりで、大変でした。けれど、とっても幸せなことに、ぼくにはいつも、助けてくれる人たちがいたんです。それにもちろん、おとうさんとおかあさんも)

――父と再会し、喜んだのもつかの間、今度は言葉がわからないため、学校で孤立し、苦しむ主人公。だがその後、周囲の助けや本人の努力により、希望を持って生きていけるようになる。

◇ ◇ ◇

 どんなに大変な状況にあっても、負けずに、前を向いて生きていく強さを学んでいけるシリーズだ。


『世界の難民の子どもたち ②「イラン」のナビッドの話』
 難民を助ける会 監修
 アンディ・グリン 作
 ジョナサン・トップフ 絵
 いわたかよこ 訳
 ゆまに書房

●シリーズの他の作品
世界の難民の子どもたち ①「アフガニスタン」のアリの話
世界の難民の子どもたち ③「エリトリア」のハミッドの話
世界の難民の子どもたち ④「ジンバブエ」のジュリアンの話
世界の難民の子どもたち ⑤「ユーラシア」のレイチェルの話

©トランネット
trannetlogo150.jpg

トランネット
出版翻訳専門の翻訳会社。2000年設立。年間150~200タイトルの書籍を翻訳する。多くの国内出版社の協力のもと、翻訳者に広く出版翻訳のチャンスを提供するための出版翻訳オーディションを開催。出版社・編集者には、海外出版社・エージェントとのネットワークを活かした翻訳出版企画、および実力ある翻訳者を紹介する。近年は日本の書籍を海外で出版するためのサポートサービスにも力を入れている。
http://www.trannet.co.jp/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

為替円安、行き過ぎた動きには「ならすこと必要」=鈴

ワールド

中国、月の裏側へ無人探査機 土壌など回収へ世界初の

ビジネス

ドル152円割れ、4月の米雇用統計が市場予想下回る

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想以上に鈍化 失業率3
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 5

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 6

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    映画『オッペンハイマー』考察:核をもたらしたのち…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中