最新記事

世界経済

ユーロ危機から密かに世界を救った男

地味なドラギECB総裁の大胆な重債務国救済策は、出口の見えない連鎖危機から引き返す転機かもしれない

2012年10月9日(火)13時51分
ザカリー・カラベル(政治経済アナリスト)

陰のヒーロー 世界がオバマ演説に目を奪われている頃、ECB総裁のドラギは大英断を下していた Alex Domanski-Reuters

 この数週間というもの、アメリカ人の関心はもっぱら異常気象と、民主・共和両党の大統領候補が決まる4年に1度の党大会に向けられていた。だが、6日のバラク・オバマ大統領の指名受諾演説の注目度がいかに高かったとしても、この日の世界で最も重要な出来事はアメリカ政治とは無関係のところで起こった。

 それは「ユーロを防衛するためあらゆる措置を取る」と言うマリオ・ドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁の発言だ。具体的には、資金繰りに窮した重債務国の国債を、ECBが無制限に買い入れる新しい仕組みを導入する。支援が必要な国は、財政再建を約束して支援を要請するだけでいい。

 この日のECB理事会とその後のドラギの記者会見は、ほとんどメディアに相手にされなかった。理由は簡単だ。選挙が分かりやすいのに対し、難解な専門用語や意味不明の略語に満ちた中央銀行の政策は魂に響きにくい。

 ただアメリカでも株式市場と金融界での反応は例外だった。人気ロック歌手のコンサートを待つ少年少女のように大興奮でドラギの登場を待ち構えていた。ドラギも期待を裏切らなかったため、ダウ工業株30種平均は07年12月以来の高値まで上昇した。

 だが一般のアメリカ人にとっては、ドラギ発言はこの日の十大ニュースにも入らなかったかもしれない。プロフットボールのジャイアンツとカウボーイズの試合や発売が迫る新iPhoneの噂話、そして民主党大会のオバマの演説のほうがはるかに重要だ。翌日には、注目の雇用統計も発表された(残念ながら低調だった)。

 ヨーロッパにおいてさえ、FRB(米連邦準備理事会)が銀行救済を決めたときのアメリカの騒ぎと比べれば、ドラギの救済策は大した関心を集めなかった。欧州各国でも、ドラギではなくオバマをトップ扱いにした報道が大半を占めた。しかし扱いの大小にかかわらず、これが極めて重要なニュースだったことは間違いない。

 ギリシャの財政危機が表面化した2010年初め以降、金融界はユーロに対する信用不安のため度々マヒ状態に陥ってきた。ギリシャ危機は瞬く間にアイルランドやポルトガルに拡大し、ついには経済規模がはるかに大きいスペインやイタリアにも飛び火した。

中央銀行廃止論は誤り

 世界経済も動揺し、世界中の企業活動に支障が出た。問題解決があまりに困難に思えたことから根深い悲観主義や短期成果主義が広がり、人々は金融システムの崩壊まで予想するようになった。

 過剰債務国では国債利回りが急騰し、経済はほとんど成長せず、失業者が急増した。その上、財政出動による景気浮揚を主張するスペイン、イタリア、フランスと、債務削減が先と主張するドイツの深い亀裂がさらなる不安をかき立て、ユーロ圏だけでなく国際金融システム全体をマヒさせた。

 もちろん世界にはほかの問題もある。中国の成長はいつまで続くのか、アメリカはどこまで低成長と債務の膨張に耐えられるのか......。ユーロ危機前の08年には、アメリカで住宅ローンとその証券化商品のバブルが崩壊。世界金融危機が後に続いた。

 安定的にいつまでも成長できる国はどこにもない。90年代後半から2008年までの間にグローバル化が進んだ金融市場は、今や国境を超えて相互につながっている。1カ所で起きた問題をそこに隔離しておくことはできない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

シンガポール航空機、乱気流で緊急着陸 乗客1人死亡

ビジネス

アストラゼネカ、30年までに売上高800億ドル 2

ビジネス

正のインフレ率での賃金・物価上昇、政策余地広がる=

ビジネス

IMF、英国の総選挙前減税に警鐘 成長予想は引き上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 9

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 10

    「目を閉じれば雨の音...」テントにたかる「害虫」の…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中