最新記事

国際犯罪

ロシアにとって法律は破るためにある

殺人犯にもスパイにも詐欺師にもおとがめなし。国際社会からの尊敬よりも彼らが手に入れたいものとは

2010年11月17日(水)16時06分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)

 無法者こそ人気者。世の中にはそんな国がある。モンテネグロでは、高級宝石店を襲う地元出身の窃盗団「ピンク・パンサー」がヒーローだ。イラン国民は傲慢な大統領を熱烈支持。なぜなら「政策には賛成できないが、アメリカに立ち向かう姿は格好いい」からだ。北朝鮮はこうした挑発と反逆を国是としている。

 悲しいかな、ロシアも同類らしい。政府が堂々と、犯罪者を国際的な司直の手から守っている。例えば、この10年で最も悪質な著作権侵害をインターネット上で行ってきた2つの海賊サイトはロシアにあった。最盛期にはアクセス数でiTunesをしのぐ勢いだったという。

 さすがに今はWTO(世界貿易機関)からの警告もあって、両サイトとも閉鎖されている。だが誇り高き著作権侵害者たちは、音楽も映画も無料でダウンロードするのが当然との信仰を捨てず、ついに「海賊党」なる政治団体を立ち上げている。目的は、ロシアを誰の著作物も無料で使える「著作権ヘイブン(回避地)」にすることだ(幸い、この党が選挙に候補者を擁立できる見込みはない)。

 この程度ならお笑い草だが、もっと深刻な事例もある。外国で殺人や詐欺で告発された人間が逮捕もされず、むしろ英雄扱いされているケースだ。

人殺しのお尋ね者が国会議員に

 例えば、元KGB(ソ連国家保安委員会)職員のアンドレイ・ルゴボイだ。イギリスに滞在していた亡命ロシア人のアレクサンドル・リトビネンコを06年に毒殺したとして、イギリスの検察当局が行方を追っている人物だが、この男は今や国民的ヒーローであり、選挙で国会議員に当選し、刑事免責特権まで手に入れている。

 あるいは「美人スパイ」のアンナ・チャップマン。ロシア政府のためにスパイ活動をしたとして米国内で逮捕され、スパイ交換によって晴れて自由の身となった彼女、帰国したときにはウラジーミル・プーチン首相から称賛の言葉を贈られた。政界進出の噂もある。

 政府ぐるみの「悪人隠匿列伝」の最新版は、09年に起きたエルミタージュ・ファンドの顧問弁護士セルゲイ・マグニツキーの事件に関与した政府高官と警官60人がおとがめなしとなったケースだ。

 マグニツキーは、税務警察の高官がエルミタージュの関連企業を悪用して2億3000万ドル相当の税金を詐取したと告発した人物。だが逆に逮捕され、あらぬ脱税の罪で刑務所に放り込まれた。その後、獄中で健康を害したが治療を拒まれ、そのまま死亡した。

 米議会は先頃、このマグニツキー事件に関与した人物へのビザ発給を禁ずる法案を可決した。法案の共同提案者に名を連ねたジョン・マケイン上院議員によれば、「このロシアの愛国者を死に追いやった者を特定し、その名を世界に知らしめ、犯罪の責任をとらせる」のが法案の狙いだ。

 だがロシア側は、「大きなお世話」とばかり猛反発。ロシア外務省は「良識を逸脱」した行為だと非難し、内務省はマグニツキー逮捕で中心的な役割を果たした捜査官を昇格させてみせた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン氏「6歳児と戦っている」、大統領選巡りトラ

ワールド

焦点:認知症薬レカネマブ、米で普及進まず 医師に「

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中