最新記事

インタビュー

「自分らしさ」は探さない──「ありのまま」「あなたらしさ」の落とし穴

2020年4月2日(木)18時25分
Torus(トーラス)by ABEJA

Torus 写真:西田香織

「自分らしく生きる」

周囲の目やしがらみから「自由」になるための価値観として讃えられることの多いこの言葉は一方で、承認欲求を際限なく求めてしまう「罠」にもなる。

摂食障害の当事者の調査・研究を続けてきた文化人類学者の磯野真穂さんは、自著でそう指摘します。

「『自分らしさって何だろう』と自分に注目することは、『他者』に注目することでもあるから」

どういうことなのか、話を聞きました。

◇ ◇ ◇

「自分探し」は、かたちを変えた承認欲求

──いつから「自分らしさ」に目が向くようになったのですか?

磯野:アメリカでの留学を終えて日本に帰国した2003年ごろです。個人的な実感ではあるのですが、それまでの「語り」の風景が変わった、と気づきました。

それまでのヒット曲は誰かへの募る思いを込めたラブソングばかりだったのに、「あなたはあなたでいいんだよ」「ありのままで」「夢を追いかける」というメッセージがあちこちで流れてました。

これは、かたちを変えた「承認欲求」だと感じました。

私が漠然と感じたことに繋がる話を、詳細に理論化しているのが、米国の医療社会学者で、患者の語り(ナラティブ)を研究してきたアーサー・フランクです。彼は、1995年に出版した「傷ついた物語の語り手」(訳・鈴木智之)の中で、社会での「自己物語の増殖」について指摘しています。

つまり、「私は誰なのか」を探し求める語りの増殖です。

フランクの時代からすでに20年以上、私が帰国してから17年が経過した今、そうした「自分語り」は、ブログやSNSなど、テクノロジーの普及で、さらに増えたと言っていいでしょう。

新聞社やテレビ局が独占的に持っていた「発信」という特権が、社会に解放され、普通の人たちがいくらでも「自分」を発信できるようになった。

さまざまな「自分語り」が生まれてくるなかで、「自分のものを読んでほしい」「どう読んでもらうか」という発想は、どうしたって生まれてきます。

Torus200311_2.jpg

──「ありのままでいい」というのは、本人そのままを受容する言葉ですよね。

磯野:そう、とても素敵な言葉だし、本当にそうなったらいいなと思うんですけど。

けれど一方で、「わたしって何だろう」「自分らしさって何だろう」と自分にすごく注目することは、「わたし」を見つめることではなく、実は「他者」に注目することなんですよね。

「自分らしさ」が何かを知るためには、参照点として「他者」を置かないと、比較ができないんですよ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請1.8万件増の24.1万件、予想

ビジネス

米財務長官、FRBに利下げ求める

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中