最新記事

セクシュアリティ

歴史の中の多様な「性」(1)

2015年11月30日(月)20時00分
三橋順子(性社会・文化史研究者)※アステイオン83より転載

同性「夫婦」は存在した?

 ここに一枚の錦絵新聞がある(『東京日々新聞』錦絵版、明治七年一〇月三日・八一三号)(図1)。錦絵新聞とは明治時代初期の数年間に発行された絵入り一枚刷りの新聞のことで、絵は江戸時代以来の木版多色刷りの浮世絵(錦絵)で、それに絵解き的な文章が添えられている。新聞といってはいるが、画像で読者を引き付けるという点で、メディアとしては、むしろ現代の写真週刊誌に近いかもしれない。さっそく見てみよう。

asteionmitsuhashi-1.jpg

図1:『東京日々新聞』813号 明治7年(1874)10月3日号(錦絵版)

 時は「ご維新」の政治的混乱もようやく一段落した一八七四年(明治七)、所は香川県三木郡保元(やすもと)村(現在地不詳、カモフラージュされているのかも)の塗師(ぬし)早蔵の家の居間。緋色の長襦袢を繕う妻のかたわらで、胡座(あぐら)をかいてあくびをする夫、白猫がのんびりと首をかき、一日の労働を終えた夕べ、夫婦のくつろいだ一時が感じられる。しかし、何かが違う。本来なら丸髷に結われているはずの妻の髪がばっさり切られてザンギリ頭になっている。いったい何が起こったのだろうか?

 明治新政府は一八七一年(明治四)四月に戸籍法を発布し、翌年には全国一律の戸籍作成に着手する。いわゆる壬申戸籍である。三木郡役所でも早蔵を戸主として新たな戸籍を作成することになり、妻お乙(おと)の出生地である香川郡東上(ひがしかみ)村(現・香川県高松市)に問い合わせたところ、お乙が一八五〇年(嘉永三)に同村のある夫婦の間に生まれた乙吉という男性であることが露見してしまった。

 男性を妻として戸籍を作るわけにはいかない。早蔵の家を管轄する戸長は「乙は元来男子なり。何ぞ人家の婦と成ることを得んや(乙はもともと男性である。どうして一家の主婦となることができようか)」と二人を説諭し、丸髷に結っていたお乙の長い髪を切ってザンギリの男頭にし、早蔵とお乙との結婚は無効にされてしまった。

 男児に生まれながら女児として育てられ「娘」として成人したお乙は、早蔵から求婚されたとき、自分が女子ではないことをカミングアウトし、早蔵はお乙が男子であることを承知の上で婚礼をあげ、三年間、平穏に暮らしていた。だましたわけでも、だまされたわけでもなく、周囲の人も事実を知ってか知らずか、二人を夫婦として受け入れていたと思われる。

 つまり、この錦絵新聞は、明治最初期に実質的な同性婚が日本に存在していたことを示している。同時に、男性と女装男子の平穏な夫婦生活、早蔵・お乙の小さな幸せを破壊したのが戸籍という近代的な制度だったこともわかる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中が閣僚級電話会談、貿易戦争緩和への取り組み協議

ワールド

米、台湾・南シナ海での衝突回避に同盟国に負担増要請

ビジネス

モルガンSも米利下げ予想、12月に0.25% 据え

ワールド

トランプ氏に「FIFA平和賞」、W杯抽選会で発表
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 2
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 3
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開きコーデ」にネット騒然
  • 4
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 5
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 6
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 8
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 9
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中