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よくも悪くもトム様全開!

トム・クルーズの存在感だけが見どころの『ナイト&デイ』だが、ドタバタで無邪気な展開はなぜか憎めない

2010年11月2日(火)15時32分
デーナ・スティーブンズ(脚本家)

トム・クルーズとキャメロン・ディアスの9年ぶりの共演が話題に(公開中) © 2010 TWENTIETH CENTURY FOX

 分かっている。映画は1本1本別の物として客観的に見るべきだ。だが、計り知れない心遣いと信念と愛が込められた名作『トイ・ストーリー3』の翌日に『ナイト&デイ』を見たのは間違いだった。

 ロマンチック・スパイアクションの『ナイト&デイ』は『トイ・ストーリー3』とは対照的な手抜き映画で、観客の善意に頼り切っている。主演がトム・クルーズとキャメロン・ディアスならいいだろう、『ボーン・アイデンティティー』や『007』シリーズのような古きよきアクション物にはみんな目がないはず、どのみち夏休み公開の映画なんて大して期待されていない──そんな思い込みの上に、あぐらをかいている。

 脚本の草稿を見て、タイトルが意味不明かどうかも気にしなかったのだろうか。ナイト(騎士のナイトに夜のナイトを掛けている)とはクルーズ演じるスパイ、ロイ・ミラーが持つ名前の1つ。ならばディアスの役柄はデイとなるのが筋だが、彼女の名はジューン・へブンスだ。脚本会議でアシスタントが矛盾を指摘したのを、「どうせ誰も気付きゃしない!」と上司が握りつぶしたのだろうか。

 ロイ・ミラーのキャラクターがかんに障るのも、この種の根拠のない自信をみなぎらせているから。ロイは自分の目的も正体も存在理由も、一切説明しない。不気味なほど年齢を感じさせない顔でマージャン牌みたいな白い歯をきらめかせ、バイクに飛び乗りザルツブルクやセビリアの町を突っ走る。

 そもそも主演に想定されていたのはクルーズではなかったのに(ニューヨーク・タイムズ紙によればアダム・サンドラー、クリス・タッカー、ジェラルド・バトラーが候補に挙がっていたらしい)、完成した映画は全編『トム・クルーズてんこ盛り』である。

 自分をパロディーにしているのかと疑いたくなるほど、ロイという不死身の男はクルーズらしいキャラクターだ。底抜けに明るいのにどこか悪意を漂わせ、内面がまるで感じられない。真実を話しているときも、嘘をついているように見える。『卒業白書』でも『マグノリア』でも、クルーズが演じた印象的な役柄はどれも嘘つきだ。

暴力描写も漫画っぽい

 この得体の知れなさは、ジューンも戸惑わせる。彼女が偶然ロイと乗り合わせた飛行機では、自分たちを残して全員が訳も分からず殺害され、世界的な陰謀のゲームに絡め取られていく。

 だがヒロイン以上に、ロイのうさんくささに面食らうのは私たち観客だ。当のジューンがキザでおかしなこの男を信じることに決めた後も、見ているこちらの疑いは晴れない。こんな奴を信用できるだろうか。何しろ、ジューンが次の目的地への同行を嫌がると、睡眠薬を飲ませてオーストリアや南の島に拉致するような男だ。

 ジューンは車の修理が好きなタフな女性という設定ながら、驚くほど受け身。銃をやたらと振り回すマッチョ男にほれるタイプだ。

 ジェームズ・マンゴールド監督はアクションシーンになると、あたかもスリリングなことが起きているかのように派手に場面を切り替える。だが注目に値するほど視覚的にまとまっているのは、スペインの牛追い祭りを舞台にしたカーチェイスの場面だけだ。

 それでも『ナイト&デイ』は憎めない。はちゃめちゃでひたすら前に突き進む展開には、昔懐かしい無邪気な趣がある。ロイが手当たり次第に人を殺すので死体の数は多いが、バイオレンスシーンは漫画っぽくて血なまぐささがない。

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