コラム

リーダーシップ論で見る安倍晋三の成績表

2020年09月09日(水)11時30分

辞任を発表する安倍首相(8月28日)KIM KYUNG HOONーREUTERS

<政治的立場が色濃く反映される指導者への評価を3つの基準から判断すると......>

安倍晋三首相の辞任は、国家指導者の評価基準に対するリトマス試験紙のようなものだ。

リーダーの最終的評価は通常、私たちの政治的立場を色濃く反映する。評価対象が自分と同じイデオロギーの持ち主なら欠点を無視するが、立場の異なる指導者の場合はあらゆる曲解やこじつけの材料をフル活用して根拠の薄い中傷を叫ぶ。

20200915issue_cover150.jpg

正確な評価を行うためには、どのような基準を選ぶかが決定的に重要だ。ここでは3つの基準から安倍に点数を付けてみたい。まず辞意表明直前のパフォーマンス、次に首相就任前の最重要目標の達成度、そして最後に歴史的評価だ。

リーダーは常に「勝利」と共に去りたいと願うものだ。安倍を2度目の首相在任期間の最終盤で判断すれば、いい点数は付けられない。新型コロナウイルス対策への支持率は、主要国のリーダーで最低レベル。五輪開催を首相として迎える夢ははかなく消え、政権を悩ませ続けたスキャンダルと縁故主義への批判も高まっていた。

そして、いささか礼を失した物言いになるが、強いリーダーは決して体調を理由に職を辞したりしない。人々の心に「弱い人物」という印象を残したくないからだ。その点、安倍は病気を理由に2度も辞任に追い込まれている。現在の細かい事情に頓着しない後世の歴史家は、深刻な国家的危機に直面してプレッシャーに耐え切れず、体が悲鳴を上げたと考えるだろう。

それでも世界的な投資家ウォーレン・バフェットは、安倍の退陣表明直後に日本の商社株を大量に取得し、「安倍の日本」への信頼を表明した。リーダーの去り際が最も重要な評価基準だとすれば、安倍は完全に失敗したわけではないが、ぱっとしない終わり方だった。点数は60点。

重要目標の達成度を基準とした場合、評価はより複雑なものになる。ナショナリストの安倍はアメリカが草案を起草した平和憲法の改正を強く望み、自衛隊の法的正当性を明確にしようとした。その狙いは世界の舞台における日本の役割を強化し、国家の誇りを高めることにあった。安倍は憲法改正こそできなかったが、世界的に見て日本の地位は劇的に向上した。

米中という2つの超大国の間で微妙なバランスを保った安倍の見事なパフォーマンスは巧みな外交の手本となった。安倍は中国の脅威に立ち向かう一方で、習近平(シー・チンピン)国家主席との間で協力関係を維持した。トランプ米大統領が切り捨てた貿易協定TPPを存続させ、香港問題に対するアメリカの怒りには同調しなかったが、それでもトランプは安倍を先進国の首脳で1番のお気に入りに挙げるだろう。

そして、アベノミクスは完全な成功ではなかったが、持続的な経済成長を実現させたことは称賛に値する。安倍は野心的な公約を掲げ、個別の詳細はともかく日本経済のムードを変えることに成功した。80点。

プロフィール

サム・ポトリッキオ

Sam Potolicchio ジョージタウン大学教授(グローバル教育ディレクター)、ロシア国家経済・公共政策大統領アカデミー特別教授、プリンストン・レビュー誌が選ぶ「アメリカ最高の教授」の1人

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:アルゼンチン止まらぬ物価高、隣国の町もゴ

ビジネス

アングル:肥満症薬に熱視線、30年代初頭までに世界

ワールド

イスラエル、新休戦案を提示 米大統領が発表 ハマス

ビジネス

米国株式市場=ダウ急反発、574ドル高 インフレ指
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    F-16はまだか?スウェーデン製グリペン戦闘機の引き渡しも一時停止に

  • 2

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入、強烈な爆発で「木端微塵」に...ウクライナが映像公開

  • 3

    「ポリコレ」ディズニーに猛反発...保守派が制作する、もう1つの『白雪姫』とは

  • 4

    インドで「性暴力を受けた」、旅行者の告発が相次ぐ.…

  • 5

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 6

    「人間の密輸」に手を染める10代がアメリカで急増...…

  • 7

    「集中力続かない」「ミスが増えた」...メンタル不調…

  • 8

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

  • 9

    ロシアT-90戦車を大破させたウクライナ軍ドローン「…

  • 10

    米女性の「日焼け」の形に、米ネットユーザーが大騒…

  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 5

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 6

    仕事量も給料も減らさない「週4勤務」移行、アメリカ…

  • 7

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story