コラム

臨時休校という「政治的」決断の背景には何がある?

2020年03月05日(木)16時00分

臨時休校によって日本社会に様々な問題が生じたことは確かだが…… Issei Kato/REUTERS

<安倍首相は「子どもの命と健康を守るため」と説明したが、真の目的が「これ以上、感染を広げないため」だとしたら、この「言い換え」は正しいのか>

3月2日から全国のほとんどの公立小中高などで臨時休校が始まりました。実施されてまだ一週間も経っていませんが、様々な問題が出ていると報じられています。受け皿としての学童保育、児童・生徒の保護者である職員が仕事を休むことによる医療や保育、福祉の現場の苦闘など、社会的に大きなコストを払っているのは紛れもない事実だと思います。

コストとしては、さらに休業補償などがあり、また国際社会に対しては短期的に「日本はそこまでやるのか!」というサプライズだけでなく、「日本はそんなに深刻なのか!」という誤解を生む危険もあります。問題は、そのようなコストを払って実施した目的が、いまひとつ不明確なことです。

1つの仮説を提示したいと思います。

それは、今回の臨時休校については、次のような前提で行われているという考え方です。

(1)市中感染は全国で相当に拡大している。
(2)若年層においては感染しても軽症あるいは、無発症のケースも相当に出ている。
(3)市中感染が拡大し、その多くが無発症だとすれば、これを放置すればどんどん拡大する。仮に、それがこのウィルスの特性だとすれば、甘く見てはならない。
(4)結果として、重症者の増加で医療機関が対応できなくなり、救える命が救えない、これが最悪シナリオであり、このシナリオを避けるのが最優先される。
(5)子どもはほとんど重症化しないという報告がある一方、子どもは無発症のまま感染を拡大させる可能性があり、高齢者や基礎疾患を持つ成人に感染させて重症患者を発生させるのを抑止するために、学校の臨時休校は有効と考えられる。

仮にそうだとして、問題は次の点です。

このストーリーを国民に対して、そのまま伝えるのであれば、子どもとその保護者に対して、「子どもは感染しても軽症、無発症で済むが、学校を通じて見えない集団感染を発生させると、それが高齢者や基礎疾患のある人に対する感染リスクを高める。だから、臨時休校を決断した」

という言い方になるはずです。ですが、安倍首相の説明は違いました。29日の会見では、「臨時休校は子どもの命と健康を守るため」という説明に「言い換え」たのです。

良いことではありません。民主主義の国として、その政府のトップが重要な政策の根拠として、国民に対して事実とは違う説明をするとしたら、本来はあってはならないことです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米製薬メルク、肺疾患治療薬の英ベローナを買収 10

ワールド

トランプ氏のモスクワ爆撃発言報道、ロシア大統領府「

ワールド

ロシアが無人機728機でウクライナ攻撃、米の兵器追

ワールド

PKK指導者、対トルコ武装闘争終結宣言 拘束以来初
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 4
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワ…
  • 5
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 6
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 7
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 8
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 9
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story