コラム

トランプの「非核化」シナリオに深くコミットした安倍首相

2018年06月13日(水)16時30分

つまり、両者ともに解決は小出しにスローに進めなくてはならないという動機を共有しているわけです。これに韓国の事情も重なります。韓国は、ベルリンの壁が崩れた際の西ドイツのように北朝鮮を即時、吸収合併する国力はありません。ですから統一には時間が必要です。

中国にしても、緩衝国家である北朝鮮がすぐに消滅されては困ります。ロシアも同様でしょう。北朝鮮は西側との経済交流が限られているからこそ、ロシアは安い労働力として北朝鮮の出稼ぎ労働力を使えているという面もあります。

とにかく、この時間という問題は大切です。即時ではなく、時間をかけて核放棄を行う、同じように時間をかけて政権崩壊を避けながら経済を拡大してゆく、そして要所要所で成果をアピールするという「スローなペース」ということ、そしてこのペースに関係するプレーヤー全員が了承して参加するということになった、今回の合意はそのように理解することができます。

日本の安倍政権のコミットメントですが、何よりも核放棄のコストを韓国とともに負担するというスキームが興味深いと思われます。ちなみに、このコスト負担ですが、トランプ側から強制されたものではなく、今回のシンガポール会談の前に、河野太郎外相から「IAEA(国際原子力機関)による査察費用を負担してもいい」というメッセージは発信されていたわけですから、日本としては自発的に提案しているアイディアと理解していいと思います。

どこが興味深いのかというと、例えば、同じコスト負担にしても戦後補償に見合うカネを渡すとなると、それと拉致被害者の調査・帰国がバーターになっているというのは、日本に取って受け入れが難しい話になります。犯罪行為の被害者を取り戻す話と、過去に関する補償とを一緒にすることになるからです。

一方で、仮に査察費用を負担するというのであれば、心理的にはるかに受け入れやすいし、日本の元外交官である天野之弥氏が率いるIAEAの応援にもなります。また、韓国が日本と同列で「一緒に同じ目的の費用を負担する」という位置付けになるのも、日韓関係から考えると良いアイディアであると思います。

しかしながら、このスキームにも大きな問題があります。拉致被害者を含む人道問題の救済というのは、一刻も早い解決が必要です。それが、政治的に設定された核放棄の「スローなペース」とシンクロするようでは困ります。ここは日本や韓国から見た場合、このスキームの難所ということになります。日韓がより協調しながら進めるだけでなく、必要があれば日朝直接交渉を行う必要もあるのは、そのためということになります。


【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:肥満症薬に熱視線、30年代初頭までに世界

ワールド

イスラエル、新休戦案を提示 米大統領が発表 ハマス

ビジネス

米国株式市場=ダウ急反発、574ドル高 インフレ指

ワールド

共和党員の10%、トランプ氏への投票意思が低下=ロ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    F-16はまだか?スウェーデン製グリペン戦闘機の引き渡しも一時停止に

  • 2

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入、強烈な爆発で「木端微塵」に...ウクライナが映像公開

  • 3

    インドで「性暴力を受けた」、旅行者の告発が相次ぐ...なぜ多くの被害者は「泣き寝入り」になるのか?

  • 4

    「人間の密輸」に手を染める10代がアメリカで急増...…

  • 5

    「ポリコレ」ディズニーに猛反発...保守派が制作する…

  • 6

    「集中力続かない」「ミスが増えた」...メンタル不調…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

  • 9

    34罪状すべてで...トランプに有罪評決、不倫口止め裁…

  • 10

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 5

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 6

    仕事量も給料も減らさない「週4勤務」移行、アメリカ…

  • 7

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 10

    メキシコに巨大な「緑の渦」が出現、その正体は?

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story