コラム

共謀が罪なら、忖度も罪なのか?

2017年04月25日(火)15時20分

「黙示の共謀」という考え方があります。これは、すでに日本の法体系の中では判例化しているものです。

例えばある犯罪集団のボスがいて、敵のボスと激しく対立していたとします。そしてこの状況で、集団のヒットマンが敵のボスを射殺してしまったとします。この場合、ボスが「知らぬ存ぜぬ」を通して、ヒットマンだけが「トカゲのシッポ切り」で有罪になるのは「おかしい」という考え方が成り立ちます。

そこで、相手のボスへの殺意をこっちのボスも持っていたに違いないから、「あの目配せ」が「殺れ」という命令だった(目配せ共謀)とか、目配せすらなくて黙っていても「殺せ」というボスの意図は通じる(黙示の共謀)ということで、ボスを「共同共謀正犯」として有罪にできるという考え方です。

さらに問題になるのは「未必の故意」が絡んだ場合です。つまりある行為の相談をしたところ、「こんなことをやったら、もしかしたら違法行為に発展するかもしれない。でも確実ではない」というレベルでの謀議をした場合でも、その実行犯だけでなく、謀議に加わった人間は「共同共謀正犯」として有罪になるという考え方です。例えば、産業廃棄物を無茶な低価格で処理させた結果、不法投棄が起きたという事件では、最高裁の判例があります。

【参考記事】日本の国是「専守防衛」は冷徹な軍略でもある

限りない拡大解釈

こうした「黙示の共謀」とか「未必の故意による共謀」といった考え方をどうして日本の法体系が採用しているのかというと、それは日本語によるコミュニケーションが「高コンテキスト型」だからです。つまり、大事なことは口に出さず「あうんの呼吸」や「空気」で合意形成をする習慣があるからです。

日本の司法制度はそのことを重く見て、「口に出さなくても」とか「違法な結果になることを察しているだけ」でも、重大な犯罪においては、実行犯と同じように「共同共謀正犯」として裁くことにしているのです。

問題は、今回の共謀罪法案が成立した場合、この法律上のロジックが組み合わさることになる点です。つまり、「口に出さなくても」内心の合意が推定される場合は共謀であるとか、「相談の結果、違法行為に発展することを察している」と推定される場合も「未必の故意の共謀」ということになりかねません。

これは大変なことです。例えば、今回の森友事件のようなケースで、明らかに違法な利益供与が行われ、それが為政者の意向を忖度(そんたく)して行われたということになると、仮に問題の利益供与が実現しなくても、「共謀罪」+「黙示の共謀」+「未必の故意」という3つのロジックを組み合わせれば、首相の犯罪が成立してしまうことになるからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

香港の高層複合住宅で大規模火災、13人死亡 逃げ遅

ビジネス

中国万科の社債急落、政府が債務再編検討を指示と報道

ワールド

ウクライナ和平近いとの判断は時期尚早=ロシア大統領

ビジネス

ドル建て業務展開のユーロ圏銀行、バッファー積み増し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 9
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 10
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story