コラム

共謀が罪なら、忖度も罪なのか?

2017年04月25日(火)15時20分

共謀の概念が拡大解釈される心配が残る(写真はイメージです) Thomas Peter-REUTERS

<共謀罪の法案が国際テロを未然に防止する趣旨で立案されたことは理解できるが、日本のように「共同共謀正犯」の適用範囲が広い司法制度では、共謀が限りなく拡大解釈される懸念がある>

いわゆる「共謀罪」の法案をめぐって賛否両論が激しく対立しています。この法案ですが、具体的な「共謀した罪」が設定されるというより、多くの犯罪について「どうしたら罪になるか?」という定義付けを変更しようというものだと理解できます。

現在の日本の刑法の考え方では、犯罪の対象になるのは「実行」もしくは「未遂」ということになっています。未遂という言葉には「計画したができなかった」というニュアンスはあるものの、実際は「計画だけ」では犯罪にはなりません。必ず「着手したが完遂できなかった」事実が必要です。

これは単独犯の場合を考えると分かりやすいと言えます。「銀行強盗がしたい」と心の中で考えているだけなら未遂にはなりません。同じような意味で、自殺未遂というのは自殺を試みて失敗したという意味であり、内心「死にたい」と考えているだけでは未遂にはならないのです。

この考え方は、犯罪を実行した人間が複数の場合も同様です。現在の法律では、計画だけでは犯罪になりません。「内乱陰謀罪(内乱を起こそうとした)」や「外患誘致罪(外国勢力による侵略を手引しようとした)」といった国家の存立を揺るがせるような犯罪に限定され、その他の場合は「着手」してはじめて未遂罪になるという考え方です。

【参考記事】実はアメリカとそっくりな「森友学園」問題の背景

277種類の犯罪に適用

今回導入が検討されている「共謀罪」というのは、複数の人間による犯罪の計画(共謀)が行われた場合、仮に犯罪への着手がなくても、取り締まることができるようにしようという考え方です。

その目的は国際連合が2000年に採択した「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」を批准するためには「重大犯罪に関する謀議」自体を罪に問う必要があるためとされています。この点において、政府の立法趣旨説明は間違っていません。

それでも反対論が根強いのは、今回の改正が、国連条約がうたっている重大犯罪だけでなく、国会での論戦によると「277種類の犯罪に適用される」ことが「行き過ぎ」であるとか、政府の言う「テロ防止」をはるかに超えているのではないかと懸念されているからのようです。

確かにこの277の犯罪の中には、「背任」「高金利契約」「偽証」など相手のある犯罪行為なので計画や謀議の時点で強制捜査を行う意味が疑わしいもの、あるいは「商標権の侵害」とか「文化財保護」といった重大犯罪とは呼べないものも含まれています。

確かにそうなのですが、私がむしろ懸念しているのは、そもそも「謀議とか共謀とは一体何なのか?」という問題です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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