コラム

安倍首相の米議会演説は日米関係の「現状維持」を確認しただけ

2015年04月30日(木)11時26分

 いずれにしても、今回の首相の上下両院合同会議での演説は、演説が行われたこと自体は有意義であったかもしれませんが、内容としては日米関係の政治的な位置としては限りなく「現状維持」を確認しただけに終わった、そう評価するしかありません。

 今回の安倍政権が典型であるように、日本の「親米保守」という勢力は、当面の政策としては親米であっても、枢軸国の名誉回復願望をどうしても捨てられないことから、米国の主導する「戦後世界」の中では政治的な地位は不安定なままです。

 一方で、今回の演説で「夏までには」と首相が期限を切って見せた安保法制に関して、そして海兵隊基地の辺野古移転の問題に関しては、日本へ戻れば反米リベラルの抵抗が待っているわけであり、軍事外交という面では、アメリカとしてはこの「親米保守」と手を組むしかないわけです。

 さらに言えば、今回の演説で安倍首相の触れた「女性の活躍」、「農業の競争力確保」、「規制改革」といった社会経済面での改革を主導する勢力は日本の政治風土の中では少数であり、右のポピュリズムも、左のポピュリズムも、こうした改革には消極的という問題もあるわけです。

 そうした中で、日米が真に価値観を共有して、アジアが政治経済の両面で成熟していくための改革を共に主導していく、そのような新しい日米関係へと脱皮する兆候は、今回の首相訪米では見えてはきませんでした。

 アメリカではボルティモアにおける人種暴動という大きなニュースが続いており、前夜には外出禁止令が施行されて沈静化の方向は見えてきたものの、首相演説のあった29日には「大リーグ、オリオールズの無観客試合」という前代未聞の事態が起きる中で、全国ニュースはボルティモア関係のものが圧倒的でした。

 結果として現状維持に徹した安倍首相の演説は、現時点では米メディアでの扱いは極めて低調となっているのも仕方のないことだと言えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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