コラム

『ドラえもん』のアメリカ進出に30年かかった理由とは?

2014年05月22日(木)11時15分

 これに加えて、「いじめ問題」がアジアなどに遅れてアメリカの子供たちの間でも深刻になってきました。従来は「高校で体育会のエリートが威張る」という種類の比較的に限定的であった「いじめ」が、SNS利用の低年齢化などもあって、中学生から小学生にも広がっているのです。

 そうした中で、いつの間にかアメリカの子供社会において『ドラえもん』の世界観は、何の違和感もないことになりました。また団塊二世より更に若い層を含む、今のアメリカの親たちも、往年の「善悪二元論」によるクラシックな子供向けコンテンツでは飽きたらず、様々な「価値相対主義」や「多元的な価値観」を持った表現を子供に与えたがるようになっています。

 この『ドラえもん』をディズニーが取り上げたというのも象徴的です。90年代までのディズニーは「善悪」とか「美醜」といった価値観に関しては、非常に単純なものにこそ「夢」があるのだというメッセージに固執してきたわけです。ですが、2001年にライバルのドリームワークスが『シュレック』で二元論ではない、少なくとも善悪と美醜の話をマトリックス化する中で「子供向きアニメ」の世界観を変えてしまうという事件が起きました。

 以降のディズニーは、徐々にそうした変化への対応を始めていったのです。一つには、自社のブランドイメージに直結する「お姫様」の造型をブラッシュアップしていったということがあります。例えば、2007年の『魔法にかけられて』では善悪二元論の世界と現実世界のクラッシュを描き、今回の『アナと雪の女王』では複雑な人間関係の中で「自分が自分であること」を生き抜く女性像というように「新しさ」を追い求めています。

 もう一つは、様々な「外部のカルチャー、ブランド」との連携です。「スタジオジブリ」との提携、「スター・ウォーズ」ブランドの買収と新三部作の製作というように、自分たちの持っていなかった分野を埋めるために外部のブランドを取り込んでいます。今回の『ドラえもん』ブランドとの提携もその一つと見ることができます。

 では、ディズニーが変化していくように、アメリカという国も、素朴な楽観主義や理想主義を捨てることで、アジアやヨーロッパを追いかける「普通の国」になってしまうのでしょうか?

 必ずしもそうではないと思います。複雑な現代社会におけるリーダーシップを育てるカルチャーはアメリカにはまだまだ健在です。その新しい時代のリーダー像というのは、例えば『ハンガー・ゲーム』のカットニスのように、そして『ダイバージェント』のベアトリスのように、そして『アナ雪』の姉妹のように女性に託されています。

 男性は、そして少年たちは『アメイジング・スパイダーマン』のピーターのように、突き進んでいく女性たちを見守りながら「自分探し」をする時代なのです。その意味で、多少「頼りない」が「柔軟」であるキャラの「のび太」というのは、アメリカの少年たちの現在の位置に非常に近い存在になったのだと思います。

 その代わりに「しずかちゃん」は、相当に快活で知的なキャラを与えられ、前へ前へと進んでいく強さを託されることになるでしょう。それが、アメリカの若者や子供たちを取り囲んでいる同時代性なのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

ガザ全域で通信遮断、イスラエル軍の地上作戦拡大の兆

ワールド

トランプ氏、プーチン氏に「失望」 英首相とウクライ

ワールド

インフレ対応で経済成長を意図的に抑制、景気後退は遠
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story