コラム

憲法改正の論点をどう整理するか?

2013年04月11日(木)11時10分

 7月の参院選では、憲法改正問題が争点として現実味を帯びて来ました。前回この欄で、憲法改正要件を規定した「96条」に絞った改正について考えてみた際にも、次の憲法の全体像、つまり憲法観なくしては議論は不可能ということを痛感させられました。そんな議論を7月までに詰めるというのは大変です。今回は、とにかく議論の全体像をまずイメージするために、急いで論点の整理をしてみました。

(1)改めて96条の改正問題ですが、まず改正要件を緩くしておいて、自分たちの思想に合った憲法を通した後に改正要件を厳しくして憲法を固定化するということは防止しなくてはなりません。これに加えて、総議員の50%+で発議し、有効投票の過半数で改正可能というのは、多くの反対者をひきずっての改正を可能にするわけです。ですから、国論分裂を常態化する危険性はないのかという議論も必要です。基本的人権など国家観の大原則に関するものは改正しにくくして、行政府の構成など実務的なものは改正を容易にするというような工夫をするかどうかというのも重要な点でしょう。

(2)96条の次は本格改正に向かうとして、「どのような改正」をするのかという「方針」が明確にならないといけないと思います。その場合の1つ目の争点としては、日本国憲法前文の持つ「第2次大戦の戦後処理的性格」を維持するかどうかということになります。1つには「日本は軽武装の平和国家として内外に認知された結果、敗戦国あるいは恭順国家という自己規定は不要になった」という立場があると思います。もう1つは「第2次大戦は最後の世界大戦として規定される以上、日本が敗戦国あるいは恭順国家という態度を維持することが国連憲章との整合性を確保する」という立場でしょう。その両者から1つを選択する必要があります。

(3)反対に、軽武装国家という自己規定を変更するとなれば、これは「国体変革」になりますから、憲法の名称を変え、国体にも「第3立憲君主制」などの新名称を与えることになると思います。日米安保や、日米韓台の軍事同盟にも変化が生じる可能性も出て来ます。内外に対してその覚悟があるのかということは重要な問題です。ちなみに、「敗戦に至った旧枢軸国の名誉回復」という立場は、国際法と国連憲章の上で不可能だと思います。

(4)現行の日本国憲法は、独立を喪失した期間に制定されたために無効、もしくは有効性が不十分、従って改めて有効な憲法を「創憲」すべきという意見もあります。この点に関しては、仮に96条の規定による何らかの「改正発議」が行われて、その改正案が国民投票で否決された場合、逆に主権者の過半数が現行憲法を信任したことになって、憲法の効力がフルパワーになるという考え方も可能と思います。

(5)それはともかく、もう1つの大きなな争点は、日本は基本的人権を認め、政府の権限に制約を加えるような憲法を持つのか、あるいは中国やシンガポールのように国権を強化して私権を制限する憲法に向かうのかという議論です。「公益と公の秩序」を重視しようという自民党案は明らかに後者である以上、この点も徹底した議論が必要と思います。

(6)この問題ですが、経済成長の見通し、移民導入の問題などと絡めて議論する必要があるように思います。人口縮小に伴い経済が衰退するという悲観論を前提に、不利益変更の連続に耐えられずに社会が混乱する危険に対処する、つまり「縮小途上国型の国権強化」が必要だという立場もあるでしょう。行政府の統治能力から見た現実論とでも言いましょうか。その反対に「経済は衰退しても、自由度を維持して国民の満足感を維持しよう」という意見、あるいは「抽象的な文化の問題も含めて社会の自由度を上げることで、より高度な付加価値創出を目指そう」という立場もあると思います。

(7)移民政策も関係してきます。進める進めないという議論と並行して、多様な人口を受け入れる以上は「移民との共存を円滑にするためにマイノリティの権利を確保すべき」という方向性(アメリカ・EU型)と、「多様なグループ同士が摩擦を起こすリスクを秩序維持強化で押さえ込む」という考え方(シンガポール型)の間で十分な論戦が必要と思います。

(8)野党の一部には「加憲」などといって、「環境権」を追加しようという声がありますが、仮に「アジアの模範となる」憲法にして中国・北朝鮮などの非民主政体に対抗するのであれば、そんな生ぬるいことでは足りません。男女平等の徹底、マイノリティ差別の厳禁、同性婚の承認、徹底した政教分離、信教や思想信条・表現の自由の強化、被疑者の権利確保、政治的亡命の受け入れ、良心的兵役忌避、そして何よりも生存権の保障に関する強力な規定なども検討する必要があると思います。教育や勤労も義務ではなく権利として規定するという考え方もあると思います。

(9)国難というべき人口減、財政規律の劣化という問題について、憲法で歯止めをかけるのかどうかというテーマも大きいと思います。立派な憲法はあるが、財政は破綻したとか、人口は半分とか3分の1になって、国力もなくなるということで良いのかということです。

(10)中には伝統を守れというようなメッセージを入れようという主張もあるようです。ですが、現代の日本は「明治維新という伝統の否定」を行ったからあるのであって、柔軟性や可変性というのは、日本という社会に必要な資質の一部であると思います。将来においてそうした改革を行う可能性を憲法で否定するという意味が良くわかりません。どんなに経済や社会が衰退しても、江戸幕府(例えば水野忠邦政権)のように滅亡するまで我慢するような憲法にしたいのでしょうか? この点も、しっかり議論すべきでしょう。

(11)国旗国歌を憲法で規定せよという考えがあります。やってもいいですが、国内における国旗国歌を巡る議論の自由、政府批判の延長上での自国国旗国歌への批判的態度の自由などを同時に認めなければ、多様な国論を受け止めた憲法典として不十分であると思います。

(12)地方分権も重要です。リストラの一環として都府県併合によるコスト削減を行うだけなのか、あるいは中央と地方の格差の是正に向かうのか、あるいは地方の独自性を相当に許すのかという問題は、「地方分権とその集合体としての国のかたち」を規定するからです。地方に相当の自治権を認めるのであれば、地方への立法権の付与であるとか、憲法改正における地方による批准の要求など「96条」の設計変更も必要かもしれません。

 他にも、検討の必要な部分は沢山ありますが、衆参両院のパワー配分、総理公選問題、自衛隊の位置づけ、国家元首をどうするかなどという問題、あるいは宗教系の私立学校に助成金を出している事実を追認しないといけないというような問題は、上記の(1)から(12)に比較すると議論が進んでいて、論点もハッキリしているように思います。いずれにしても、参院選の争点にするのであれば、国を挙げての大議論は待ったなしと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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