コラム

北方四島「面積の二等分案」は検討可能なのか?

2013年03月04日(月)13時51分

 ここへ来て、日本とロシアの外交が活発になってきているようです。森元首相が特使としてプーチン大統領との会談まで行われ、もしかしたら北方四島の帰属問題に関して大きな進展もある、そんな展開になって来ました。ゴールデンウィークの前後には、安倍首相の訪ロという可能性、更にはそこでプーチン大統領との何らかの「合意」もという報道も見られる以上、相当に交渉は進んでいるのかもしれません。

 報道によれば、プーチン大統領は「双方が受け入れられる均等な案」を主張しているようです。それが何を意味するかということでは、今のところ2つの説があるようです。

 4島のうちの「2島」すなわち、1950年代の日ソ国交回復以来言われている「2島先行返還論」のように、色丹島と歯舞諸島の「2島」という話ではありません。面積比で言えば、色丹と歯舞では、「4島」の面積の5%にも満たないわけで、「均等な案」にはならないからです。

 恐らく、現在交渉が進んでいる2つの案というのは、「歯舞、色丹、国後の3島」という案と、「これに択捉島の西部の25%を加える」という案です。後者は変則的な案に見えますが、厳密な面積比率として「均等」ということですと、後者の場合のほうが正確です。

 さて、どうしてここへ来て急速に「日ロ交渉」が進展してきているのでしょう? 1つには、ロシア側の事情があると思います。プーチン大統領は、2014年の冬季五輪を成功させてロシアを「擬似的な開発独裁」の国から「もう少し開かれた成熟国家」へとシフトしたいと考えている可能性があります。

 これに対して、これも全くの憶測ですが、オバマ政権が「中ロ離反策」に出ている可能性がなきにしもあらずという気配がします。現在の安保理では、米欧に対して中ロが何でも反対するという形で、中ロ枢軸めいたものができているわけですが、70年前後のキッシンジャー外交が中国をソ連から切り離して中ソ分断に成功したのと反対に、中国への「柔らかいプレッシャー」の一環としてロシアを「こっち側」に引っ張り込もうという動きを見せている可能性もゼロではないと思います。

 日本の場合は、仮に尖閣の問題がズルズルと緊張関係として続いて「南西諸島から西太平洋」までが対中国ということでは妙な事態になる危険がある以上、北方の対ロ外交は安定させておきたいということはあると思います。天然ガスを中心としたエネルギー資源の確保のためにも、対ロ関係の安定化ということは必要でしょう。

 もしかしたら、先月の安倍総理の訪米でも、この一件がオバマ大統領との間で話し合われたのかもしれません。隠密作戦の好きなオバマは、正しいと思えばそういうことをする人です。

 では、先ほどの2案の中の後者、つまり「面積の二等分案」というのは、真剣に検討できる案なのでしょうか?

 私は検討可能と思います。

 まず、歯舞、色丹、国後だけの「3島返還」よりも実質的に好条件だということがあります。また、仮に択捉島の西部、つまり旧留別村というのは火山が多く観光開発の可能性があることと、港湾や飛行場なども建設可能で水産業の拠点としても魅力があるように思われます。

 それ以前の問題として、仮に択捉島の真ん中やや西寄りに「日ロ間の国境線」ができるとしたら、戦後の日本としては初めて「陸の国境」を持つことになるわけです。これは管理という点では面倒かもしれませんが、これまでは島国として海の国境を考えるだけであった日本という国が、陸の国境を持ち、その国境を越えた「お隣の国、お隣の町、お隣の人々」と共存していくというのは、長い目で見て良い影響があるのではないかと思います。

 欧州が様々な意味で「異なる存在が共存してゆく」という文化を確立したのも、アメリカがカナダとの間で様々な経緯を経てはいるものの成熟した二国間関係を確立しているのも、お互いに国境線というものと向き合ってきたからであり、日ロの関係もそうしたものに発展する可能性があるように思うからです。

 また、仮に択捉島内に日ロ国境ができるということは、そこが日本から千島列島への入口になるという可能性が出てきます。千島列島も、本来はアイヌの、そして日本の合法的な領土であったものをロシアが第二次大戦末期に占領し、日本としてはサンフランシスコ条約で放棄した形にはなっているのですが、何よりもアイヌ文化のルーツであり、冬場はともかく、夏には素晴らしい景観を見せる島々の宝庫です。

 その現在は日本から遠い存在の中千島、北千島への窓口に、択捉の中の「日ロ国境」が機能するようになれば、これも良いことに違いありません。アイヌの神が住むという宇志知島の暮田湾の絶景、更には温禰古丹島にそびえる黒石山の威容などは、私も一度は見てみたいと思います。

 問題は、仮にこの「面積二等分案」にしても、本来の「四島一括」と比較すると択捉全島が戻ってこないということで「大きな譲歩」になるということです。この点に関しては、「右派的な党内基盤を持つ」安倍政権であるがゆえに「譲歩への合意形成が容易」という環境があるように思います。そこを思い切って踏み込んでいけば、世論も支持するのではないかと思います。

 そもそも、「四島」を含む千島列島は、日本のものでもロシアのものでもなく、アイヌの島だったのです。1875年の千島樺太交換条約で、樺太をいったんロシアに渡し、全千島列島の日本による領有を確定させた後に、アイヌ文化の「独自性」を危険視した藩閥政府は、彼等を北海道内に強制移住させ、順次その言語と文化を奪って行った歴史があるのです。

 その際に、千島のアイヌは一旦は色丹島に移住させられ、そこで人口が激減するという悲劇を経験しています。勿論、その後には、根室地区をはじめとする北海道の「日本人」が国後などの千島に移住したという歴史が続いており、その人々とその子孫が現在の「返還運動」に強い思いを託しているのは事実です。

 ですが、そもそも千島はアイヌの島であったことを思うと、択捉を窓口に中千島、北千島へとアイヌを含む日本人が、ロシア人と共存する形で平和裏に観光や漁業や、あるいは考古学的な研究の活動を広げて行ければ、素晴らしいと思います。その意味で「戦後初の陸の国境線」ができて、そこが交流の窓口になるというのは悪いことではないと思います。

 それ以前の問題として、根室を中心とした地域の漁業従事者が長い間「国境の海」で苦しい操業をしてきた歴史に終止符が打てるとしたら、やはり画期的と思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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