コラム

エンパイアステートビル近辺での銃撃事件と銃社会の闇

2012年08月27日(月)10時37分

 エンパイアステート・ビルディングの上には観光で何度か行ったことがあるぐらいですが、その近辺の5番街と34丁目の界隈というのは、NYの近郊に住んでいる私には、仕事や買い物などで何かと縁のある場所です。そこで24日の金曜日の朝、銃撃戦があって死者が出ているというニュースがあったので、私は大変に驚きました。この界隈というだけでなく、マンハッタンの島内でこうした銃の絡んだ事件というのは近年は減っていただけに尚更でした。

 ですが、ニューヨーク市内での事件ということで、比較的短時間に事件の全体像は明らかになっています。結論として申し上げれば、まずこの事件がマンハッタンの治安悪化を示唆しているものではないこと、また一大観光地であるエンパイアステート・ビルに関しても、何ら危険性が増したものではないことを確認したいと思います。

 さらに言えば、この事件は「乱射事件」でもありません。1人の男が、勝手に1人の男に深い怨恨を抱き、その相手を狙って殺害した後に武装したまま歩いていたために警察官に射殺されたという単純な事件です。死者2名というのは、その殺害された男と、射殺された狙撃犯の2名であり、いわゆる無差別な乱射事件とは性質が異なります。

 ですが、そうした事実の奥にあるものは私を震撼させました。3つお話したいと思います。

 1つは、狙撃犯と被害者の人間関係です。報道によれば、ジェフリー・ジョンソンという狙撃犯は、58歳のイラストレイター兼デザイナーで、アクセサリーの製造会社にデザイナーとして勤務していたところが、2年前に会社の「ダウンサイジング」のために解雇されたのだそうです。

 射殺されたスティーブン・エリコリーノという41歳の男性は、その会社の副社長で「やり手の営業とマーケティングのプロ」だったそうです。ジョンソンは解雇を不当だとして何度も会社にクレームをつけていたところが、その際に応対したエリコリーノ氏に冷酷な姿勢を見せられ、2人は何度か「首根っこをつかんだ」立ち回りになりそうな局面があったそうです。

 報道は非常にステレオタイプ的に描いたものが多いので、真相はまた別次元なのかもしれません。ですが、アメリカの企業で、こうした解雇を巡るトラブルが予想される局面では、まず「解雇宣告にはトークのプロである専門家を使う」というのがセオリーであり、実際にトラブルが起きそうな場合は「サッサと弁護士を入れてリーガルマターにする」のです。そうやって、危機管理をするのも人事マネジメントのうちというのは常識と言って良いでしょう。

 それを、寡黙な職人タイプを解雇するのに、バリバリの営業タイプの経営者が直接出ていって、しかも一部の報道によれば「パワハラすれすれ」の粗っぽい態度で要求をはねつけていたというのは、ムチャクチャもいいところです。更に言えば、解雇された方は58歳で、解雇した方は41歳という年齢の「逆転」は、いかに年齢による上下がタテマエ上ないアメリカでも、人間心理を逆なでしたとも言えるでしょう。

 私は犯人のジョンソンの味方をしようとは思いませんが、何とかならなかったのかという思いが否定できません。ジョンソンの方で、サッサとパワハラか何かの材料で民事訴訟にでも行っていれば、あるいは会社側が「相手との相性が最悪の」エリコリーノ氏を窓口に立てるのを「まずい」と思っていれば、悲劇は防げたということです。更に言えば、どうして「そこに銃があったのか」という思いです。

 2点目は、その銃の問題です。ニューヨーク州の銃規制は非常に厳しいのですが、銃を持ち込もうとすれば簡単に持ち込むことはできます。他州からの道路でいちいち検問をしているわけではないし、宅配や小包に関しても国内便はスルーだからです。ちなみに、ジョンソンの場合は、1990年前後に、フロリダ州の美術学校に行っている時に、同州で買い求め、NYに引っ越した際には違法に持ち込んだものと思われます。

 ですが、銃というのは20年も放置したら錆び付いて使えなくなるはずです。油を差すなどのメインテナンス、そして撃つ方も何年かに1回は市外のどこかで銃撃の練習をしなくては、撃てないはずです。ということは、ジョンソンは、護身用にずっと持っていて「心理的に破綻」した後に突然に銃を取り出したのではないわけです。ということは、この種の事件の可能性を減らすにはNYという街が必死になっていてもダメで、全国的に銃や銃弾、部品の販売、射撃訓練など銃に関する追跡をしなくてはいけないわけです。

 3点目は武装した犯人への警察の対応です。今回は、犯人は射殺したものの、その際に混乱の中で9名の通行人が「流れ弾」に当たって負傷しています。その銃弾は全て警官が発砲したものだということで、警察は厳しい批判にさらされています。

 ですが、警察としては銃を持ったまま犯人がウロウロしていた場合は「無差別銃撃の危険あり」ということを前提に行動するわけです。その場合、警察側の狙撃精度が高ければ、肩を撃つとか、足を撃つなどして犯人の攻撃力・行動力を削いで身柄確保を狙うことになりますが、アメリカの場合ですと基本的には「無害化のためには頭部を銃撃して射殺するしかない」という対応になるわけです。

 今回の場合は、残念ながら対応にあたった警官の銃撃のスキルが今ひとつであり、現場が混乱状態であったことから「一刻も早く犯人を無害化=射殺」することを焦る中で「流れ弾」が通行人にヒットするという事態になってしまったわけです。これも、警官の銃撃スキルの精度を上げるなどという壮大な計画を立てる前に、全国レベルで銃を規制して行くしか全体としての安全度を上げる方法はない、そうした結論しかないように思われます。

 今のところは言っていませんが、保守派に関してはこのような事件があるたびに、「銃規制してもムダ」だとか「被害者が護身用に武装していた方が全体リスクは下がる」などとムチャクチャな議論を展開することは目に見えています。ですが、銃による事件を撲滅してゆくには、全国レベルでの対策をしなくてはならない、そのことを改めて痛感させられました。「そこに銃さえなければ」という思いです。

 ちなみに、犯人のジョンソンについては母親が日本人だという報道もあります。事実であっても、彼の年代では「女系の血統主義」による国籍は日本国に否定された世代です。一方で、新聞報道によれば少年時代にマンガに影響を受けて育ったとか、若い時にはベトナムに従軍していたと自称していたとか、色々な陰翳を持った人物であったようです。

 解雇後も毎日スーツを着て家を出る習慣を続けていたとか、1人暮らしのアパートで毎日掃除機をかけていたとか、エピソードの中には「日本」を感じさせるものも散見されます。その日本との縁を理由にジョンソンを弁護することはできませんが、やはり「そこに銃があった」ことを深く憎む、私にあるのはその思いです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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