コラム

「いじめ」の発生メカニズムと日本語の「空気と目線」

2012年07月20日(金)12時58分

 いじめの問題には日本語のコミュニケーションにおける「空気と目線」という問題が深く関わっていると考えられます。

 まず、日本語のコミュニケーションでは、3人以上の人間が集まると「場の空気」が発生します。この「場の空気」というのは一見すると「ニヤニヤした雰囲気」とか「重苦しい雰囲気」といった「漠然としたムード」に見えますが、本質はそうではありません。

 その場において「既に共有されている情報」というのは、特に口に出して言う必要がないばかりか、あえて「言わないことで」強調されるとか「情報の共有による一体感が高まる」ということがあります。日本語の場合は、文法的にも既知の情報の省略が柔軟にできるのです。この「あえて口に出さない共通理解」というのが「空気」の正体です。

 中学生の日常会話でも省略表現によってニュアンスの濃厚な会話を楽しみ、一体感を確認するということが当たり前になっています。中でも、倫理に反する内容、例えば他人への悪口、軽微な反社会的行為に関する話などは、「言葉に出すのがはばかられる」分だけ、省略表現に傾斜しがちであって「空気」は濃くなります。

 そこへ、その前提情報を共有していない子供が飛び込んできたとします。すると「場の空気」を使っていた子供たちは、その「異分子」とは簡単にコミュニケーションはできません。何故ならば、前提となる情報を共有していなからです。つまり「これまで口に出さなかったこと」を「口に出して説明しなくてはならない」ことになります。

 こうした事態は子供たちを困惑させます。まず面倒だということがあり、更には内容がそもそも口に出して語るのは「マズイ」ものが多いからです。そこで子供たちは「こうした困惑状態を作り出したのは、自分たちではなく異分子の方だ」という方便を思いつきます。そこで「空気読めよ」という強制がされる、これが「いじめ」の発火点になります。

 ですが、これだけでは「いじめ」の炎は燃え広がるわけではありません。「空気が読めない奴」とか「新参者で過去の経緯を一々説明しなくてはならないウザい奴」というだけでは、子供はそれほど攻撃的にはならないからです。

 次に起きることは価値観の相違です。少し交友が進んでいくと、「異分子」の方も徐々に事情を理解していきます。「あの理科の先生は服のセンスが悪いから女子から嫌われている」とか「このグループは下級生からカネを脅し取ったりしているようだ」とかいう、「口に出すのはマズい」話がだんだん分かるようになるわけです。

 問題は「空気」を形成している子供たちとは、「異分子」が異なる価値観や異なるセンスを持っている場合です。「先生のことをそんなに悪く言うのはマズいんじゃないか」とか「下級生をイジるのはともかく、カネを巻き上げるのはマズいんじゃないか」というような具合です。そうした価値観の相違は非常に微妙なものでも子供たちは敏感に察知します。

 特に問題になるのは、「異分子」の方が「空気」のグループに比べてより「上位」とみなされる価値観やスタイルを持っている場合です。上記のように正義感が残っていて犯罪行為に嫌悪感を示すとか、あるいは服装が洗練されているとか、帰国子女で流暢な英語を話すというような場合です。そうすると、子供たちは「偉そうだ」とか、「自分だけ格好をつけている」と言って敵意を燃やすことになります。つまり、流行語にもなっている「上から目線」だというわけです。

 この「上から目線」というのは、客観的に見れば価値観が相違してお互いに共通の地盤に立てない同士の葛藤なのですが、本人たちからするとそれは強烈な被害者意識になるのです。「空気も読めない異分子」のくせに「ええカッコしやがって」というのは、悪ガキの捨てゼリフに聞こえますが、本人たちは大真面目なのです。つまり「俺達の方が強者であり多数派なのに、異分子のアイツは俺達のメンツを潰した」というロジックで、自分たちを被害者に見立てているのです。

 この「上から目線で見下された」という勝手な被害者意識が、本格的に「いじめ」の炎に油を注いでいきます。そして、次の段階になると「異分子は多数派の敵である」という強烈な空気が形成されていきます。そして、いじめを阻止に立ち上がるような人間が登場するならば、それこそ「ええカッコしいの上から目線」であり即座にいじめのターゲットになる、という集団心理が共有されていくわけです。「いじめ」というのは、こうしたコミュニケーション破綻のサイクルだと見ることができます。

 対策はあるのでしょうか? 1つは、「空気」に寄りかかった濃密な省略表現を緩和することであり、前提情報を共有していない人間には丁寧に説明するというプロセスを訓練することです。もう1つは、価値観には多様なものがあると同時に、そこには優劣はないということを骨身に染みるまで教育することです。そのようにして「空気」と「目線」が悪さをして「いじめ」が発火することを防止する、あるいはいじめが進行している状況下でのミクロの心理に踏み込んで「消火」をしてゆく、こうした行動が教育者には求められているのだと思います。

 例えば、「空気」の持つ同調圧力に屈しないで正論を説く行為については、現代の大人の社会では基本的に「上から目線」だという理解が広がっています。正論が必ずしも全員を幸福にはしない中で、それでも正論を説く行為は自己実現のための利己的な行為であると同時に、多数派の自尊心を傷つける攻撃的な姿勢だ、というような理解です。これは間違っているのです。ある種の必然性から追い込まれた結果なのですが、とにかく間違っているのです。何よりもこうした間違った認識では「いじめ」を止められないのです。その間違いに気づいて、乗り越えるためにはこの「空気と目線のメカニズム」を教えることは「武器」として役立ちます。

 問題は、そうした教育ができていないばかりか、反対に現在の教育現場には「子供たちが形成する空気」の内部に入って行かないとダメだという悲壮感が出てきていることです。子供との信頼関係が築くためという口実から、教師たちが子供たちの濃密な省略表現の「タメ口会話」に巻き込まれて行ってしまうのです。集団心理が暴走している子供たちと距離感が持てず、いじめにストップをかけることができなくなってしまうのは、そのためだと思われます。

 教育とは、子供に他者と共存するコミュニケーション技術、つまり社会性を教える場であるという原点に改めて戻らなくてはなりません。倫理とか礼節という曖昧な言い方では方法論は出てこない一方で、秩序を志向すると称して監視と懲罰を強化しても、それだけでは問題の解決にはならないと考えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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