コラム

ジョン・エドワーズ裁判、大統領候補の転落

2012年05月16日(水)11時32分

 ジョン・エドワーズといえば、2004年の大統領選挙では予備選での善戦を受けてジョン・ケリーの副大統領候補となるなどアメリカ民主党の「ホープ」の1人でした。落選後も人気は衰えず2008年の予備選でも大統領候補へのチャレンジを続けたのです。とりわけ、乳ガンとの闘病を続けたエリザベス夫人との「おしどり」ぶりは有名でした。

 この夫婦に関しては、長男を若くして交通事故で失っているというエピソードが有名です。その痛みを共有しつつ、その痛みをバネに「お金のための弁護士生活」から「公益のための政治家活動」へと夫婦で転身したこと、悲しみを乗り越える中で不妊治療を受けて幼い2人の子を授かったことなどが、感動のストーリーとして語られていたのです。

 ですが、その後のエドワーズの運命は正に地獄へと暗転したのです。まず夫人の病状再発を受けて選挙戦から撤退、その後に選挙運動中にジャーナリストの女性との不倫があったこと、選挙戦撤退の直後にその不倫相手との子どもが生まれていることなどが明らかになりました。夫婦は別居状態となる中、エリザベス・エドワーズは2010年12月に逝去しました。

 そのエリザベス夫人は『リジリエンス(癒し、回復)』という自伝的な手記を遺しています。そこには、長男の死と夫の不倫に対して自身が向きあって来たこと、その上で自分の死の予感とどのように折り合いをつけてきたかが几帳面な文体で、生々しく綴られているのです。

 そんなわけで、エドワーズは政治家としては完全に「死んだ」のですが、それだけでは済まないことになりました。というのは、2つの「重罪容疑」について連邦司法省から起訴を示唆されたからです。1つは「大統領予備選に際して不倫疑惑を否定し続けたことが虚偽申告に当たる」という罪状、もう1つは、愛人の存在を社会から隠すために愛人への生活費支給など多額のカネが動いたのですが、その出所の問題です。

 そのカネの出所ですが、ある大富豪の女性が資金提供していることが判明しています。アメリカの大統領選は収支の厳格な報告が求められているのですが、その資金提供に関しては記載されていないのです。つまり、違法献金ということです。金額的にも個人献金枠をはるかにオーバーした額が動いています。また仮に政治献金だとしても、これを愛人の隠匿工作に充当していたということは、これまた違法ということになります。

 この2点に関して、連邦司法省はエドワーズに司法取引を強く持ちかけました。最終的な条件は、「罰金+禁固6カ月」を呑めば弁護士資格の剥奪は見送るというもので、連邦としては最大限の譲歩だと言われたのです。ですがエドワーズと弁護団は昨年に和解条件を拒否し、罪状認否において「否認」を表明、ここにドラマは法廷へと持ち込まれたわけです。

 エドワーズが司法取引を拒否したのは、まだ14歳と12歳の下の子供たちを「シングル・ファーザー」として育てている養育責任を考えると収監はされたくないという理由でした。では、エドワーズ側に勝算があるのかというと、これは何とも分かりません。

 まず、第1の「ウソをついた」という問題に関しては「闘病中の夫人を傷つけたくなかった」という言い方で、それこそクリントンの「モニカ疑惑」同様に逃げ切れるという説もあれば、他でもない大統領選の権威から考えるとダメという説まで色々あります。エドワーズ本人は「自分は道徳上の罪(シン)は犯したが犯罪(クライム)は犯していない」という名ゼリフを吐いていますが、陪審がどう考えるかまだ分かりません。

 第2の問題については、この「愛人隠し」については選挙参謀のアンドリュー・ヤング氏という人物が深く関与していたわけですが、カネの流れについてエドワーズ本人がどこまで関与していたのかということが問われているわけです。

 いずれにしても、エドワーズの行為は最低の部類に属するものの、個別の人間ドラマに関しては故エリザベス夫人の手記に始まって、ものすごいリアリティがあり、メディアとしては否が応でも報道を加熱せざるを得ないというわけです。

 カギを握るのは何と言っても選挙参謀のアンドリュー・ヤング氏で、「愛人の存在を隠すことは選挙運動の最優先事項だった」という発言が飛び出しています。そのヤング氏の奥さんの証言「私のせいで(選挙の)何もかもをダメにするわけにも行かず、結局はウソ(愛人を隠したこと)と共に生きるしかなかったんです」というのも話題になりました。

 また、エドワーズの長女であるケイト・エドワーズさんが弁護士として父のそばを片時も離れない姿も印象的です。このプリンストン大学とハーバード法科大学院を卒業した才媛は、恐らくは心の奥には亡くなった母の思いを抱え込みながら、その母を最悪の形で傷つけた父を今は身内として精神的に支えているわけです。生々しい証言の際には涙を流す場面も目撃されていますが、「それでも父を支える」姿が注目されています。そのケイトさんは、5月16日に母の立場を代弁する主旨で証言台に立つそうです。

 まあ、話としてはそれ以上でも以下でもなく、仮に有罪になっても民主党のイメージなど政治的な影響はないと思われます。ですが、アメリカ人は、こうした生々しい人間ドラマを伴った法廷劇が大好きですし、ここまで転落しても「イケメン」の容貌だけは衰えていない(健康問題はあるようですが)エドワーズのTV映りもあって、結審までニュースでのトップ扱いは続きそうです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ病院敷地内から数百人の遺体、国連当局者「恐怖を

ワールド

ウクライナ、海外在住男性への領事サービス停止 徴兵

ワールド

スパイ容疑で極右政党議員スタッフ逮捕 独検察 中国

ビジネス

3月過去最大の資金流入、中国本土から香港・マカオ 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバイを襲った大洪水の爪痕

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    冥王星の地表にある「巨大なハート」...科学者を悩ま…

  • 9

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 7

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story