コラム

あのアメリカですら自国国旗の焼却が禁じられていない理由

2012年03月23日(金)12時36分

 たびたび、大阪の橋下市長がらみの話題で恐縮ですが、国体(国のかたち)を考える上での良いレッスンになるのではと思い取り上げます。今日は、国旗国歌への態度と「国際社会」の関係についてです。

 今週の市長の発言の中に、「国歌斉唱の際に手を前に組んでいるのは失礼で、国際社会では許されない」という主旨のものがありました。この種のものとしては、スポーツ選手などが海外での試合に臨んだ際に国歌を歌っていないのは「国際社会での常識に欠ける」というような言い方があり、市長もそのような主旨での発言を以前にしていたと思います。

 確かに1つの考え方です。スポーツの対外試合というのは一種の民間外交ですから、それなりの外交儀礼というものがあり、他国の国旗国歌への尊敬だけでなく、自国の国旗国歌に対しても儀式の格調を維持するためにも、国家を代表している敵味方相互をしっかり認めるという意味合いからも必要だと思います。

 例えばサッカーのワールドカップの場合ですと、各試合の際には選手たちは開催国の少年少女と手をつないで入場するというスタイルがあるのですが、例えば南ア大会で、南アの子供たちが日本選手と手をつないで入場してくれたとしたら、それは南アとして日本に対して外交上の礼を尽くしているわけですから、その子供たちと一緒に並んでいる中で国歌が流れた際には、日本選手は自国の国歌に礼節を示すことが、その子供たち、更には開催国や参加国全体への礼節になるのです。

 ところが、橋下市長の言う「だから国内でも」というのはちょっと違うのです。この点については、1990年代から2000年代の米国での議論が良い例だと思うので紹介します。

 まず、1989~90年にかけて「国内での自国国旗損壊禁止は違憲」という最高裁判断が確定しています。これは政治行動などで自国の当時の政権を批判する主旨で、自国国旗を焼却する行為に関して、これを禁止する法律は憲法の「表現の自由、思想信条の自由」に違反するかが問われた裁判で、結果としては「表現の自由、思想信条の自由」が優先するとして禁止法は違憲という判例が確定しているのです。

 この話には複雑な背景があります。アメリカの20世紀後半においては、ベトナム戦争とベトナム反戦運動というのが非常に厳しい歴史としてあったわけです。その中で、ベトナムでの民間人虐殺などに反対して、自国国旗の焼却行為というのは広範に行われていました。この問題が背景にあります。

 ですが、90年代になって冷戦が終わり、米国の軍事外交に対する姿勢が「世界の警察官」としてのプライドを回復すると同時に、少しずつ「草の根保守」的なムードが高まっていったのです。そんな中、判例に挑戦する動きも出てきました。彼等の中にある心情というのは、「ビル・クリントンというベトナム反戦運動に参加した人間が大統領になっているのは許せない」という言い方で具体化する中で、かつての反戦運動で自国国旗が焼却されたことへの反省からこうした行為を違法とする法律の制定という運動が起きていったのです。

 この件に関しては、ちょうどクリントン政権が軌道に乗りはじめた1995年の映画『アメリカン・プレジデント』(ロブ・ライナー監督)に興味深いエピソードが出て来ます。この映画は、人気俳優のマイケル・ダグラスが奥さんに先立たれた独身の合衆国大統領として登場し、アニッタ・ベニング演じる環境ロビイストと恋に落ちるというお話ですが、当時は『氷の微笑』でのスキャンダルな役柄の影響で、セックス中毒だという噂をされイメージが低下していたダグラスにとって予想外のヒット作となり、また彼自身にとってもイメージをグッと改善するキッカケとなった映画です。

 また劇場公開の成功だけでなく、ビデオやペイパービューなどでの売り上げが長い間続いたという「不思議なヒット作」になっています。その中で、大統領にとってライバルである共和党の有力議員(リチャード・ドレファスの怪演が面白いです)がベニングの「過去のスキャンダル」として「若いときにデモに参加して自国国旗を焼却した」というネタで大統領を脅すというエピソードがありました。

 ネタバレになりますが、これに対して大統領のダグラスは上下両院議会で演説し「思想信条に純粋であった1人の女性の名誉を党利党略で汚すのは卑劣である」と大見得を切って見せるのです。映画の中での大統領演説というのは、一種の大岡裁きや黄門様のインロウなどと同じ、大統領もの映画の定番シーンですが、本作でのダグラスは「カノジョを守ったので偉い」ということで、広範な女性ファンの心理をつかんだのでした。同時に、左派から中道にかけてのアメリカの世論に「自国国旗の焼却行為は合憲」ということの確認をしたということで、意味は大きかったと思われます。

 その後、9・11が発生し、アメリカがアフガンとイラクでの戦争にのめり込む中で、例えばイスラム圏ではそれこそ米国国旗の焼却行為というのは頻発したわけです。勿論、そうした行動に対してはアメリカは国として抗議し、アメリカ世論も怒ったわけですが、2006年という正に「ポスト9・11」の世相の中で、自国国旗の損壊禁止法が最終的に上院での絶対過半数は取れずに終わりました。そのぐらい、アメリカという国といえども「自国国旗の損壊行為を禁止することへの自制」があるというのは重要な事実だと思います。

 何故なのでしょうか?

 答えは単純です。国旗国歌というのは対外的にその国家の名誉を代表する一方で、国内的には思想信条の統制や政治的な権力への従属を強いることに使ってはいけないからです。民間を含む外交局面においては自他の国旗国歌は尊重されなくてはならないが、純粋に国内政治の局面においては、国旗国歌の持つ権威を政治的な圧力や示威の道具とすることはできないという考え方、そのような言い方もできると思います。

 日本の法律においても外国の国旗を損壊した場合にはこれを罪に問う法律があります。当然だと思います。ですが、この法律は自国国旗には適用はされません。これも当然です。日本の領土内において、外国国旗の損壊は外交問題になりますが、自国国旗の損壊は国内問題であり、国内問題の解決においては言論の自由や思想信条の自由は優先されるべきだからです。

 最初の問題もこれと全く同じです。国内においては「国体=国のかたち」自体を論争の対象とするような言論の自由というのは、民主主義国である最低条件の1つであり、そのために外交上の国旗国歌への儀礼とは意味合いが違うのです。その意味で、国内儀式でも起立は必要でしょうが、腕組みまで禁止するのは過剰、まして国内問題に「国際常識」を絡めるのは実は「国際的にも常識ではない」と思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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