コラム

原発事故対応の「議事録隠し」の動機を推測する

2012年02月01日(水)12時14分

 東日本大震災や東電福島第一原発事故の対策に関連する政府の会議(複数)で、議事録が作成されていないことが露見し、問題になっているようです。このニュースの見出しだけを見れば「官僚が手を抜いたのでは」とか「パニックの中、残すべき記録が消えたのだろう」などというイメージで受け流されてしまいそうです。

 しかしながら、政府として公式の会議を開催しておきながら、その結果について具体的な議事録が作成されていないというのは異常です。異常事態だから作成を忘れたとか、記録したが誤って消去したということはないでしょう。明らかに議事録を残せない理由があるはずです。

 まずその理由ですが、推測は簡単です。議事録の公表に参加者から異議が出たのだと考えられます。官庁でも会社でもそうですが、少しでも公的な性格を持つ会議というのは、議事録を作成します。ですが、それは「完全な速記録」ではないのです。

 例えば議会の議事録は完全な速記が原則で「混乱のため聞き取れず」など生々しいまでに「実際に飛び交った言葉」を公式記録として残すことになっています。これは、議会における議員の発言というのは、間接民主制において民意の委任を受けた民意そのものという原則があるからです。

 けれども、会社の役員会や官庁の内部の会議は違います。何故なら会議自体は非公開で行われるからです。非公開というのは、会議の過程で参加者の個々の発言について「100%責任を問わない」、つまり会議の結論は公表するがプロセスにおける様々な発言は、場合によっては「その場限り」としておいたほうが良いという前提があるわけです。その方が自由な意見が出しやすいし、多くの選択肢が検討できるからです。

 勿論、そうは言っても公式の会議ですから議事録を作って保管する、あるいは必要に応じて公開しなくてはなりません。その場合に、一字一句を記録した速記から、例えば「言葉尻だけを捉えたら著しく不穏当な表現」とか「明らかに誤解を招く部分」「議論の大筋とは無関係な部分」などは、削除することもあるわけです。その上で、議事録のドラフトを作成して回覧し、全員の了解を取って会議の「公式議事録」とすることになります。

 今回の「議事録未作成」というのは、要するに会議の参加者全員が回覧した原案では、「公式議事録」としての合意ができなかったということ、そう理解するのが正しいと思います。

 具体的なイメージとしては、例えば2号機の水素爆発の直後に政府の対策会議で「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)によれば、飯舘村の方面への相当な飛散が予想されますから、緊急避難もしくは農地や牧草地に徹底したビニールシートがけを」などという提案がされていたとします。仮にそうだとして、「スピーディなんていうのは存在が周知徹底されているものじゃない。パニックが起きたり予測が間違っていたら文科省は責任が取れるのか?」というような誰かの発言で、この案が潰されたというようなことがあったとします。

 現時点で、仮にこうした問答があったことが判明し、提案した人間や潰した人間が特定できたとしたらどうでしょう。つまりSPEEDIのデータは使われないまま、飯舘での高線量がIAEAの調査で分かり、後追いで自主避難などが行わた時点から更には福島県の厳しい現状まで事態は大きく推移したわけです。世論も揺れ、ある意味では分裂したまま固まりつつあります。

 そんな中で「飯舘に緊急で対策を」という案を「潰した」人間が特定できるような(あくまで仮の例ですが)議事録は、10カ月後の現在では非常に政治的な意味を持ってしまうわけです。ですから、「公式」のものとして残すことは合意できなかったのだと思います。

 しかし、仮にそうだとしたら(飯舘とSPEEDIの話は例ですが、他の似たような重要な問題が引っかかったとして)、組織なり個人のメンツが潰れるとか、組織間で見解の違いがあるというような問題であればあるほど、現在進行形の「論点」を含んでいると考えるべきです。

 このような問題が推測される以上、この問題を流してしまってはいけないのだと思います。見解の分かれる問題、現時点から見れば批判の対象になるような発言を含むものであればあるほど、その議事録を発表し、冷静で厳しい解説を加えて世論に訴えるというのは今後の災害対策において必要なことだからです。今からでも遅くないので、録音ないしメモなどを発掘して議事録を再現すること、その中に現在の視点から見て大きな問題があれば、しっかりした総括と情報公開をすべきだと思います。

 いずれにしても、震災と原発事故の直後に政府がどう動き、その中にはどんな問題があったのかということは、今後の防災体制を考える上でも非常に重要です。場合によっては、何らかの免責措置をしてでも事実の解明をしておくべきだと思います。外交機密事項などと違って、「ほとぼりが冷めてから」ではダメなのです。防災のためには、今すぐに公開し議論を深めることが必要です。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米失業保険継続受給件数、10月18日週に8月以来の

ワールド

米FRB議長人選、候補に「驚くべき名前も」=トラン

ワールド

サウジ、米に6000億ドル投資へ 米はF35戦闘機

ビジネス

再送米経済「対応困難な均衡状態」、今後の指標に方向
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story