コラム

『コクリコ坂から』に見る「60年代回帰願望」、日米の違いとは?

2011年07月29日(金)12時55分

 宮崎吾郎監督が、父親である宮崎駿氏の脚本を映画化した『コクリコ坂から』は、スタジオジブリの作品の中では、ファンタジー的な表現を抑制し、リアリズムの小世界を描く上でのアニメ表現ということでは十分に成功しており、佳品だと思いました。

 何よりも、ペース配分とストーリーテリングの抑制にバランス感覚があり、それが作品全体に「ディーセンシー(品位)」を与えている点に好感が持てました。それゆえに1963年という大過去の空間に、不思議な日常性を再現しており、ややメロドラマ的な展開もその仮構の日常性が包み込むことで、映画の時間空間に収まっているのです。

 その意味で、吾郎監督の表現は、父親である駿監督の表現とは異なるように思いました。駿監督の表現は、非日常性への希求がストーリーや劇性における過剰さを追い求める中で、実写では不可能なイマジネーションを何とか収容する巨大な器としてのアニメ表現という形になっていったわけです。

 ですが、吾郎監督の表現は、少なくともこの『コクリコ坂から』においては、アニメ表現というものが、非日常性を受け止めて拡大していくのではなく、コンパクトな日常性を小宇宙として美しく凝縮して行くために使われている、そんな印象を持ちました。佳品というのは、そういうことだと思います。

 この作品の最大の問題点、あるいは危険性というのは、60年代前半という時代の青春像を描くことで、それが「あの頃は良かった」とか「今の若者はダメだ」という押しつけがましさになってしまうという可能性です。

 仮にそうした「押しつけがましさ」が前面に出てしまうと、現代の若者は「オヤジ世代の懐古趣味」とか、論争や自己主張が苦手な現代の世代に対する「説教臭」などを感じてしまい、作品に対してはただ距離感だけを持ってしまうでしょう。この点に関しても、吾郎監督のペース配分、劇性の抑制などが効果を発揮していると思います。

 ところで、こうした「60年代回帰」という現象は、決して日本だけではありません。アメリカでもここ5~6年、若い世代を中心に、ビートルズやクラシックロックが復権したり、チェ・ゲバラの人生や、UCバークレーでの学生運動の記憶が関心を呼んだりという動きがあります。

 例えば、ビートルズのナンバーをちりばめて「あの時代」の空気を再現しようとした映画『アクロス・ザ・ユニバース(ジュリー・テイモア監督、2007年)』などが良い例でしょう。この映画で描かれた青春群像は、「逸脱の香り付け」が当世風で、やや複雑な演出になっているのですが、「回帰」という現象の1つであることは間違いないと思います。

 では、この「60年代回帰現象」は日米共通なのでしょうか? 私は相当に違うと見ています。まず、アメリカの場合ですが、まず団塊の世代のカルチャーには、特にリベラルの場合は「ベトナム戦争を止めさせた」成功体験に加えて、その後ITや金融で黄金の90年代を実現した成功体験が重なるという「屈託のなさ」があるのです。この点に関しては、クリントン夫妻とか、スティーブ・ジョブズなどが良い例でしょう。

 その一方で、第2次、第3次とベビーブームが続く中で、現在の若者世代には「多数派の人口を擁している自分たちは独自のカルチャーを追及して良いんだ」という自信と共に、60年代を「参考に」しようとしている、というセンチメントがあります。一言で言えば、成功体験に彩られた団塊世代のカルチャーを、現在の20歳前後の若者が「仲良く継承しようとしている」というイメージでしょうか?

 2008年の大統領選というのは、そうした雰囲気の中で、若者からも団塊からも愛されたオバマの勝利という結果に終わったわけです。更にその背景には、「ブッシュのイラク戦争」への反発心が、「ベトナム反戦」カルチャーと時空を越えて呼応していたということもあるでしょう。

 一方で、日本の「60年代回帰」というのは、団塊の世代が「学生運動の敗北」という屈折を抱きながら、コミュニケーションに悩む現代の若者を「だらしない」と批判するという、アメリカとは全く異なる構図があるわけです。

 更にその奥には、70年代以降の経済成長やテクノロジーの伸張というプロセスを「もしかしたら間違いだったのかもしれない」と否定して行く、その結果として「再度のスタートライン」として「60年代」に文字通り「帰りたい」という願望があったりするわけです。

 ただ、若い世代には「豊かさの帰結」としての複雑な現代社会というのは、デフォルト設定として既にあるわけで、それをぶっ壊したからといって、何かが良くなるとは思えないわけです。そこで、押しつけがましく「回帰」を説かれても、ピンと来ないことが多いのではないかと思います。

 そんな中、今回の『コクリコ坂から』は、そうした「世代間の想いのすれ違い」という危険を十分に覚悟しながら、それを抑制された表現で救済することに成功していると思います。そうした思想的な自制、抑制そのものも、セリフやストーリー展開などの「ベタ」な表現ではなく、映像面での抑制やバランス感覚によって実現しているわけで、そこにアニメ表現の成熟を見る思いがしました。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)、『アメリカモデルの終焉』(東洋経済新報社)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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