コラム

中国高速鉄道事故、4つの問題点とは?

2011年07月25日(月)10時12分

 今回の中国高速鉄道「和諧号」による浙江省温州での追突、脱線、転落事故は急速に整備が進む同国の高速鉄道網に深刻な問題があることを明らかにしました。この事故は、死傷者の数や転落した車両の無惨な姿だけでなく、高速鉄道システムにおける基本的な安全思想が徹底されていないことを露呈したからです。

 事態はたいへんに深刻であり、一刻の猶予も許されません。知的所有権論議も必要ですが、事故の再発が懸念されます。アジアの、そして世界の鉄道文化のイメージに傷がつかないよう、この分野では先進的な技術を誇る日本のJR各社は保安技術の供与を真剣に考えるべきだと思います。

 この問題はナショナリズムや、嫌中感情がどうのという問題ではありません。とにかく、人命のかかった深刻な問題であり、このような悲惨な事故を二度と繰り返してはならない、その一点に尽きるからです。

 この事故の示している問題は深刻ですが非常に単純です。以下、4点を指摘しておきたいと思います。

 まず鉄道運行の大原則である「先行の列車のいる区間には、後続列車は進入してはならない」という原則が守られていないということです。難しいことではありません。「赤信号を守れ」ということです。同じ赤信号でも、道路の場合は緊急車両は進入して良いなど「絶対」ではありませんが、鉄道信号の「赤」は絶対です。その区間に列車が進入することは絶対にあってはならないのです。

 2点目は、もう一つの大原則についてです。それは、何らかの原因で信号が作動していないときは、その区間への進入は厳禁ということです。このことが、守られないのであれば、それは鉄道運行システムとは言えません。

 ちなみに、時速200キロとか300キロで走行する新幹線の場合は、目視による信号はほとんど意味を成さないので、高度列車の運行管理システムないしは自動列車停止装置のシステムの中で同じように運行の指示をすることになっています。この場合も「先行列車がいたら赤信号」「信号や緊急停止システムが故障していたら絶対に進入禁止」というのは同じです。

 3点目は落雷対策です。落雷時の電流という「サージ」を「アース」へ流す対応を車両にしておくのは、現代の鉄道の常識ですし、車両以外の電源設備や架線設備、ATSや信号システムを落雷から守るのも同じです。設備の周囲に大電流に対して十分な容量を持った避雷針を設置する、電源は非常電源を用意するなどの対応をすることも必要です。落雷に対して脆弱であるとするならば、これも高速鉄道の常識に反します。

 4点目は、事故原因の究明体制です。ニュース映像を見ていましたら、高架橋から宙づりになっていた後続列車の先頭から4番目の車両について、恐らくは復旧を急ぐためなのでしょう、ワイヤーで引っ張って「ドスン」と倒していました。これでは、事故車が更に壊れてしまって、仮に電気系統の問題があった場合などに原因の解明ができなくなります。また、車輪や台車に故障のない車両をサッサと機関車で牽引して除去してしまうという性急さにも呆れました。

 ですが、そんなのは序の口だったのです。その後の報道によれば衝突した先頭車両をバラバラにして地面に掘った穴に埋めているようです。注意して報道された動画を見てみますと、事故直後の段階からショベルカーが現場で穴を掘っていましたから、事故車を埋めてしまうというのは早期に決定された方針のようです。何でも「独自技術を盗まれるのを予防するための措置」というのが理由という報道もあります。

 開いた口がふさがらないというのはこのことです。とにかく事故原因を究明して再発防止に結びつける、そのための事故車両の検証を最初からヤル気がないということは、この人たちは、時速200キロ超の高速で鉄道を走らせるということの意味を全く理解していないようです。今回の「穴に埋める」という行動を見ていますと、もしかしたら設計図や見積書にあった重要な安全対策部品が「省略されている」ことを隠蔽しなくてはならなかった、そんな疑念も残ります。

 個人的には先行車の最後尾1両と、追突した列車の先頭の4両が全損もしくは、転落したというのが大変にショックでした。当面の間、どうしても中国の高速鉄道に乗らなくてはならない場合は、進行方向の先頭から4両と、最後尾車両は避けた方が良さそうです。

 いずれにしても、即座に安全技術に関する、いや安全思想についての総見直しが行われなくてはなりません。JR各社は真剣に「指導」を申し出るべきです。あるいは日欧の専門家グループを派遣するなどの多国籍での体制で圧力をかける必要もあるかもしれません。もう一度繰り返しますが、(1)先行列車のいる区間に進入を許す、(2)信号の故障している区間に進入を許す、(3)落雷対策が十分講じられていない、(4)事故原因の調査に対する真摯な姿勢がない、というのであれば、そうした鉄道システムで時速200キロ超の営業運転を行うことは許されません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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