コラム

国防長官交代で、アメリカの軍事外交はどう変わるか?

2011年06月22日(水)11時02分

 ロバート・ゲーツ米国防長官が、この6月で勇退します。見方によって、様々な評価ができるとは思いますが、1つの時代の終わりであることは間違いないでしょう。それにしても、このゲーツ長官の4年半というのは異例ずくめでした。国防長官といえば、重要閣僚ですが、オバマ大統領は2009年の政権発足に当たって、前任のブッシュ政権の国防長官であったゲーツ長官を留任させたのです。これはアメリカ史上初の人事だそうです。

 そのブッシュ大統領がゲーツ長官を任命したのは、更に2年近く遡った2006年の12月で、これも「訳あり」でした。というのも、この年の11月に行われた中間選挙では、ブッシュの共和党は大敗を喫しており、その原因としては、ハリケーン・カトリーナ上陸時の危機管理失敗と、イラク戦争の戦況悪化にあったからでした。選挙後に、その責任を取る形で、ブッシュの片腕と言われたラムズフェルド国防長官は辞任に追い込まれています。

 ゲーツ長官は、その後任として着任したのでした。ゲーツ長官という人は、CIAの叩き上げで、ブッシュ(父)政権の時代にCIA長官まで上り詰めた後は、大学の先生などをしていたのです。そんなことから、ジョージ・W・ブッシュ人脈というより、パパ・ブッシュの人脈を代表して、例えばベーカー元国務長官などの意向も受けて、政権に送り込まれた、2008年当時にはそんなことを囁かれていたのです。

 ラムズフェルド路線からゲーツ路線への転換というのは、具体的には2つの変化を意味しました。1つは、諜報と作戦の戦略的なデザインを変えたことです。ラムズフェルド路線というのは、高度なハイテクに頼って情報収集を行う一方で、前線に送る人や装備は効率化するというスタイルがありました。ですが、CIA叩き上げのゲーツ長官は、高度なハイテク盗聴行為による電子諜報よりも、現場に送り込んだ人的な情報源(スパイや前線からの情報)を重視し、基本に忠実な戦闘のスタイルに戻しています。

 もう1つは、パートナーとの協力の重視です。イラクにおけるイラク軍、アフガンにおけるNATO諸国軍あるいはアフガン政府軍などとの連携をできるだけ重視して、米軍のプレゼンスを低下させても戦争の成果が出るように工夫をする、それがゲーツ路線でした。イラクにしても、アフガンにしても、必要とあらば「増派(サージ)」を行って戦況を好転させる一方で、できるだけ現地への権限委譲を行う、ある意味で実務的な路線でした。その延長上に、オバマ政権になってからは「軍事費も聖域化せず」という財政健全化の問題が浮上したわけですが、実務的なゲーツ路線は、この難しい課題にも適合するものであったと言えます。

 そんなわけで、イラク、アフガンという2つの戦争について、「増派による戦況の好転」「現地への権限委譲」「成果を確認した上の撤兵」ということを、大統領の立場を傷つけないという政治的アピールも含めてやり抜いた、そして米軍全組織の効率化とコストダウンにも方向性を示したというのがゲーツ時代の米軍だったと言えるでしょう。

 退任間際のゲーツ長官は、正にそうした路線の成果を「念押し」するかのように、アフガンの「3万人増派(サージ)」を予定通り2012年に終了することを発表、また日米の「2+2閣僚会議」では、普天間の問題は現状確認にとどまったものの、中国の海洋戦略に対する外交上のバランス再構築などを話し合っています。

 では、後任のレオン・パネッタ次期長官はどんな方針をここに持ち込むのでしょうか? 大きな方針は変わらないでしょう。またパネッタ長官も、CIA長官からの「横滑り」ということで、現場の情報と軍事戦略の連動ということでは、ゲーツ路線の感覚とは大きくは違っては来ないと予想されます。昨日(21日)そのパネッタ次期長官は、珍しく100票の満場一致で上院の承認を得ており、正に超党派での期待が集まっての就任ということでは、両党の政権に仕えたゲーツ長官と立ち位置は似ています。

 ですが、違いも相当にあるのではないか、そう見ておくことも必要があるように思います。1つには、パネッタという人は、ビル・クリントン政権時代のホワイトハウス首席補佐官だったということです。つまり、この人はヒラリー人脈ということです。経歴の中にも議員として公民権や教育に尽力した点などリベラル色がありますし、ゲーツ長官とはカルチャー的に異なるものがあるように思います。

 もう1つは、とにかく「政治」に強いということです。軍歴もあれば弁護士活動の経験もあり、カリフォルニア選出の下院議員として8期16年の実績もあります。とにかく、多角的な利害調整にたけたネゴシエーターであると言えます。ということは、国防長官というポジションから現在の米軍の置かれた難しい立場において、キメの細かい決定と交渉を繰り出してくる、そう見ておいた方が良いでしょう。

 とりあえず、現時点では南沙(スプラトリー)諸島の緊張に対してどのような対処をしてくるかが、大変に注目されます。中国は、かつで西沙(パラセル)諸島をベトナムと争い、海戦で駆逐して実効支配を確立した経験を持っています。今再び、中国はベトナムに圧力をかけつつあるのですが、このベトナムとは、クリントン政権の時に国交正常化を行った際に、パネッタ次期長官もヒラリー・クリントン国務長官も相当な肩入れをしています。彼等にとっては、米国とベトナムの友好関係というのは個人的なテーマに近いものもあるでしょう。

 この問題をどう平和的に処理するのか、その手法と結果は、南シナ海における中国の海洋進出だけでなく、東シナ海における中国の活動と周辺諸国がどう共存してゆくかの試金石になる可能性があります。中国南部では暴動が相当に発生しているとの報道もあります。また権力移行期に入りつつあることから、強硬な言動が出てくるのは仕方ないとして、そこをどう抑えこむか、とりあえず、この問題でのパネッタ+ヒラリーのコンビの手腕に注目しなくてはなりません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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