コラム

日本に政治はあるのか?

2011年04月11日(月)12時10分

 統一地方選の前半が終わりました。誰が勝ったという結果はともかく、その結果の意味が不明確ということで、選挙は失敗だったと言わねばなりません。

(1)まず緊急事態に対する選択肢が提示されたわけではないので、緊急事態対応についてのオプションが選択されたわけではないこと。

(2)緊急事態が続いていることから、中長期的な計画について議論できる環境ではなく、したがって中長期計画の選択肢は提示もされず、その結果として選択もされなかったこと。

 この2点は明確だからです。ただ任期が来たから、ただ選挙費用をもう使ってしまったから、落ち着いてからの選挙では災害対応への批判で現職不利になるから、先送りの判断が政治的な駆け引きになると収拾がつかないと思ったから・・・言い訳は何でもできると思いますが、今回の選挙が異常事態における異常な選挙であり、結果的に地方自治における公選制の権威は傷ついたと言っていいように思います。

 例えば東京です。勝敗を決めたのは「大変な時期だから現職で」という漠然としたムード、そして若年層の低投票率だけだったと思うのです。結果的に東京一極集中への反省や、都市としての競争力回復のための変革、液状化の発生した沿岸部開発に関する反省など、中長期的な都市設計の選択機会は、更に4年間先送りされてしまいました。

 福井と佐賀に関しては、過去の原発推進の方法に関して批判をされてもおかしくない現職が勝ちましたが、それは反対派候補が共産党候補だけであり、自由経済を重視する県民には過去の原発政策に対する修正の機会は与えられなかったという現実を反映しているだけです。

 政治というのが民意と政策をつなぐコミュニケーションのシステムであるならば、今回の統一地方選前半は、そのシステムが動かなかったと言えます。

 西日本の政局も意味が良くわかりません。いわゆる「維新系・減税系」の人々ですが、「維新系」は地方自治体の財政が破綻寸前にあるという前提で、「壊すカタルシス」をとりあえず変革のエネルギーにしようという人々、「減税系」の人々は、多少余裕のある自治体で「壊してコストダウン」することで減税ができれば、それがリストラの動機になるというスタンスです。

 そうしたスタンスにはある程度の正当性はあったかもしれません。ですが、震災で状況は一変しました。震災も津波も停電も原発事故もない西日本には「東日本に代わって日本経済を牽引する責任」と「西にある国富(ヒト・モノ・カネ)を少しでも東日本救援に回す責任」が発生しているのだと思います。ならば、後ろ向きのリストラや、リストラ効果を減税でバラまくことについては、3・11以前とは違う「ちょっと待てよ」があって当然だと思うのですが、そんな観点は選挙にはほとんど出てきていません。したがって選択もされていないのです。

 しかしながら、地方の問題はまだ影響が少ないわけで、真剣に考えなくてはいけないのは国政のレベルです。「増税か?国債か?」、「復興計画は被災前の再現か?再現ではなく効率化しての機能回復か?復興プラス成長投資か?」、「エネルギーは多角化か?脱原発か?現状の延長で安全性確保か」?、「再処理は止めるのか?」、「老朽炉は廃炉か?新世代炉に置換か?」・・・今回の震災と原発事故を受けて選択しなくてはならないことはたくさんあります。その一つ一つが国家の中長期計画を左右する大きな選択です。

 とにかく、政党別に理念が分かれ、政策も複数の選択肢が並ぶようでなくては民意が選択に反映しません。一刻も早く、政策の論戦を開始すべきです。今度という今度は「事態の閉塞感を現職の統治能力不足のせいにして、首相を代えれば事態が好転するだろう」という根拠のない楽観論を世論が信ずる可能性は少ないように思います。ということは真剣な政策論争がない以上、政治は動かないのは当然です。

 そんな中、選択肢らしきものが全く見えないわけではありません。仮の話ですが、小沢グループと谷垣グループが接近して「被災前の再現型の復興+バラマキ続行+情緒的脱原発+増税の否定」というニュアンスの結集になっていく、そんな気配も見え隠れしています。菅政権が負けたという認識から、そうした動きが加速する気配もあります。ですが、選択肢としては筋の良いセットではありません。これに対抗して現政権周辺が「成長戦略含みの復興計画+増税」ということになれば政局になるのかもしれませんが、こちらも組み合わせとしては疑問が残ります。そんな中、刻一刻と時間が過ぎていっています。

 ちなみに私はそのどちらも支持しません。この際、(1)震災からの復興、(2)競争力回復のための最先端産業への参入、(3)防災や環境保護のバックアップシステム作り、(4)一極集中した首都機能の分散、を通じて「バブル崩壊後の低迷からの復興」と「震災被害からの復興」をセットで行って1人当たりGDP3万5千ドルを死守するようなビジネスプランを描くべきと思います。そのためにはグローバル市場に対して「変革の有限実行」を宣言して資金調達を行うことも辞さない、そんな選択肢も検討すべきと思うのです。

 いずれにしても、統一地方選は「政治が機能していない」ことを明らかにしただけです。選択肢が、長期ビジョンに基づく複数のオプションが何としても必要です。そうでなくては、政治が動かないまま1人当たりGDP、つまり一人一人の豊かさをズルズルと手放してゆくことになります。日本という国家は岐路に差しかかっています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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