コラム

オバマはデモ隊の味方? リビア空爆で更に複雑化したアラブ情勢

2011年03月21日(月)12時30分

 3月19日(土)のフランス、英国、アメリカ(およびカナダ、イタリア)によるリビアのカダフィ政権に対する空爆は、オバマ大統領としても苦渋の選択だったと思います。まず、空爆に踏み切った理由ですが、大きく2つあると思います。1つは、日本の原発危機に端を達した国際的なエネルギー危機の渦中で、カダフィはベンガジという大油田の破壊を示唆しており、アメリカとしては、これを許すわけには行かなかったという点。もう1つは、このままリビアの反政府勢力を「見殺し」にすれば、オバマのイスラム政策、すなわちチュニジアやエジプトでの民衆の蜂起を支持し、アラブの民主化を支持する姿勢が対外的に貫けなくなるという問題です。

 ですが、アメリカとしてはここで全面的に攻撃の先頭に立つことはできませんでした。それは、オバマ大統領として2008年の大統領選で当選したのは「ブッシュのイラク戦争」への反対という世論に乗っていた面が強いわけで、積極的に「アラブでの戦争を仕掛けた」という印象を与えることは、「コアの支持層」の離反を招くからです。また、アンチ・オバマの保守派の中には、積極的にアラブでの戦争を展開することは、テロリストにアメリカ攻撃の口実を与えるとして反対する動きもあります。

 何よりも、アメリカは「軍事費も聖域化せず」という財政再建の途上であり、軍は大規模なリストラへ突入しようとしています。そのような状況下、積極的に「新たな戦争」を開始するのには、軍部にも政界にも幅広い抵抗感がありました。そこで、今回はヒラリー・クリントンの工作もあって、サルコジ政権のフランスが攻撃の先頭に立つという構えでの空爆となりました。

 このような特殊な展開になっているのですが、アメリカの国内では空爆の直後には大きな反対は出ていません。共和党の長老で、前回の大統領選でオバマと戦ったジョン・マケイン上院議員は、20日のCNNで「遅きに失した点は否定できないが、やった以上は行くまでです」と一応の支持を示していますし、論評の中には「少なくとも1990年の湾岸戦争に近いスキームであり、2003年のイラク戦争との比較は無意味」というもの(ジャーナリストのピーター・バーゲン)もあります。

 バーゲンに言わせれば、今回の国連安保理決議は90年の湾岸危機の並みに広範囲の権限を国連(の代行者である有志連合)に与えていること、安保理決議が10カ国の全会一致で可決されていること、そしてアラブ諸国で構成するアラブ連盟が安保理決議を支持していることなどは、2003年のイラクとは大違いだというのです。

 では、このまま悪漢のカダフィを国際社会が追い詰めれば良いのでしょうか? 問題はこの点に関しては、1990年の湾岸危機、2003年のイラクとは比べ物にならないぐらい複雑な構造があるのです。というのは、この問題は、リビア一国の問題、カダフィ政権を打倒すれば済む問題ではないからです。

 チュニジア、エジプトで政変を起こした民主化運動の流れは、現在このリビアと同時進行形でバーレーン、イエメンで深刻な事態を迎えています。リビアの場合は、軍の分裂により反政府軍も近代的な兵器で応戦しているので内戦という体裁になっているのですが、バーレーンとイエメンの場合は、市民の無抵抗なデモ隊に向けて軍がどんどん発砲しているのです。先週、イエメンの首都サヌアで起きた衝突ではデモ隊が50人程度殺されており、バーレーンでも流血が起きています。

 問題は、イエメンもバーレーンも親米国家だということです。特にイエメンの場合は、多くのテロ事件の温床となっていたとされ、国内にアルカイダ系の組織があるということから、アメリカは非常に神経質になっていました。そんな中で、サーレハ大統領はアメリカの「アルカイダ狩り」に協力してきた歴史があります。そのサーレハ政権に対しての反政府運動というのは、アメリカとしては態度を決めるのは非常に困難です。サーレハ大統領は次の選挙には出ないと言っていますが、デモ隊は即時退陣を要求して現在も対立が続いているのです。

 バーレーンの場合はもっと複雑です。石油収入で富裕な王家はスンニー派であり、これに対して貧しいが多数派のシーア派住民が「共和制」つまり王制廃止を主張しているのです。そのシーア派に関しては、宗派を同じくするイランのアフマデネジャド大統領や、イラクに今年1月に帰還して反米的な活動を開始しているムクタダ・アル・サドル師などが、バーレーンのデモ隊に支援を表明しているのです。

 バーレーンに関しては、万が一王政が崩壊すると、ペルシャ湾岸の諸国、つまりアラブ首長国連邦やカタール、クエイトなどに波及する可能性があります。その勢いでシーア派勢力が攻勢を強めて、万が一、サウジアラビアのサウド王家の政権が動揺するようですと、世界経済のひっくり返る大動乱になってしまいます。そこで、アメリカのオバマ政権としては、イエメンにしてもバーレーンにしても、何とか穏やかにデモ隊と政府が妥協して平和的な政変へと移行してもらいたいのですが、状況は好転しません。

 さて、そんな中で、実際に空爆が現実となり、カダフィは徹底抗戦を叫び、空爆2日目の20日には、攻撃対象が航空兵力の無力化から陸上兵力への空からの圧迫という形で拡大しています。一方で、戦争が現実のものとなったことで、中ロ2カ国は「遺憾の意」を表して有志連合を牽制、アラブ連盟にも動揺が走っています。

 そんな中、バーレーン王室は公然と「空爆支持」を表明、湾岸のカタールに至っては有志連合の作戦に航空兵力を提供して参戦するというのです。さて、こうなるとオバマのアメリカの立場は非常に複雑です。現時点では、同じデモ隊でも、チュニジア、エジプトの政変を起こしたデモ隊は支持、リビアのデモ隊転じて反政府勢力とは一緒に戦争を開始、一方でイエメンとバーレーンではデモ隊に銃口を向けている政権との関係が断ちきれずにいるわけです。

 この点に関して、民主党を離党して無所属で活動しているジョセフ・リーバーマン上院議員などは「所詮民意の離反があるような政権は持たないでしょう。アメリカは自由の立場を支持するしかありません」と言っていますが、これは引退を表明して選挙を心配しなくて良い政治家だから言えることでもあるわけで、アメリカの世論、特に保守派の世論としては、仮にイエメンの「反アルカイダ政権」が崩壊し、バーレーンの崩壊からサウジの動揺が視野に入ってくるのは「とにかく困る」というホンネがチラチラするのです。

 オバマとしては、とりあえずエジプトが憲法改正など民主化への着実な歩みに入っているので、今回のリビアが短期決戦で決着すれば順次問題が解決できるというスタンスです。そのためにカダフィに対して「お前の命は狙わない」というメッセージを送って降伏できる環境を整えているのですが、カダフィの方はそうしたオバマの手の内を見透かすように「戦闘の長期化は必至」などと得意の心理戦を展開してきています。

 ちなみに今回の空爆開始のタイミングですが、米国東部時間の19日午後というのは、日本の福島第1原発の事態が大きなヤマを越えたと判断しての行動だとも思われます。仮にそうだとすると不快感の残る話ではありますが、福島の事態が国際的な安全保障上・エネルギー政策上の大事件であり、あらゆる国際情勢とリンクしているという現実は否定できません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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