コラム

ティー・パーティーと保守本流に協調の気配、危うしオバマの民主党

2010年08月27日(金)10時20分

 8月24日の火曜日は、11月の中間選挙へ向けての重要な予備選がいくつかありました。中でも注目されたのは、サラ・ペイリン女史の「お膝元」であるアラスカ州の共和党上院議員候補予備選です。現職のリサ・ムコウスキー上院議員に対して、ペイリン率いる「ティー・パーティー」はジョー・ミラーという陸軍士官学校出身の弁護士をぶつけています。ムコウスキー議員に関しては、父親がペイリンの前のアラスカ州知事(同じ共和党)で、ペイリンが知事候補になった際の2006年の予備選では、ペイリンと激しい選挙戦を戦った相手です。自分が勝ったにしても遺恨は残る選挙戦であり、その恨みは娘にまでということ、そしてリサ議員がワシントンの上院で行っている政治活動が「十分に保守的ではない」ということで、ペイリンのミラー候補への肩入れは大変なものでした。

 そのアラスカの予備選ですが、実は本稿の時点では結果は出ていません。現時点ではミラー候補が先行しているのですが、不明票が8000票ぐらいあり、結論が出るまで時間がかかるようなのです。ですが、このまま仮にミラー候補が勝利するようなことになると、「ティーパーティー」が現職を引きずり下ろすことになり、大変な注目が集まっています。

 一方で、同じ24日にはアリゾナ州の共和党上院議員候補の予備選もありました。このアリゾナ州というのは典型的な「レッドステート(共和党の強い州)」で、共和党の予備選に勝つことは、そのまま上院の議席を意味します。特に今回改選の議席は、前回の大統領選で共和党の統一候補となったジョン・マケイン議員が過去4期(24年)守っており、その勝利は磐石のはずでした。ところが、この欄でも何度かお伝えしたように、「ティー・パーティー」グループが、ここに対立候補を立ててきたのです。元下院議員で、ラジオの保守系キャスターをやっているこのJ・D・ヘイワース候補は、出馬表明以来、全国的な話題を呼んできました。ヘイワース候補もミラー候補同様に「マケイン議員は真正保守ではない」として激しく攻撃を続けたのです。

 特に問題になったのが、不法移民問題でした。アリゾナといえば、連邦政府との間で違憲論争となった「不法移民を職務質問で逮捕できる」新法で揺れた土地柄です。ところで、この移民問題ですが、マケイン議員は長年共和党の中間派として、例えばブッシュ前大統領(移民に関しては終始穏健な姿勢でした)と共に、現在不法滞在状態にある移民の合法化を進める制度を提案するなど、穏健な行動派で鳴らしていたのです。こうした「過去」、そして妊娠中絶や生命倫理に関して中間派であることなどが、徹底的に攻撃されたのです。

 これに対して、マケイン候補は「なりふり構わず」というスタンスに突き進みました。まずアリゾナで最も微妙な問題である「移民問題」については、穏健派の過去をかなぐり捨てて、悪名高い州の「新法」を支持に回りました。また、ヘイワース候補への対抗策としては、徹底的な「ネガティブキャンペーン」を続けたのです。その方法も巧妙でした。ヘイワース候補は「未熟」であるとか「外交には無知」といった資質への疑問よりも、利権誘導の過去があるとか、悪質なロビイストとつながっているというような「具体的」なスキャンダルの材料を徹底的に流したのです。一つ一つの「ネタ」は大したことはなくても、効果は明らかでした。どうして「資質攻撃」を抑えたのかというと、「ベテラン政治家」としての「上から目線」という姿勢は草の根保守には逆効果だという計算があったのではと私は見ています。

 驚いたのは、投入した「カネ」の凄さです。TVコマーシャルを中心としたネガティブキャンペーンのお値段は「20ミリオン(17億円)」、これをアリゾナ1州で投入したのですから、効果がないはずがありません。ヘイワース候補は敗戦の弁として「私には20ミリオンというカネは手が届かなかった。それだけです」と語っていました。もっとも、マケイン議員の政治資金はおそらくは夫人の保有するビール販売会社の経営権から来た「自前の」もので、後ろ暗いカネではないと思いますが、何とも後味の悪い選挙になってしまいました。

 実はマケイン議員の勝利にはもう1つ秘密があります。というのは、問題のサラ・ペイリン女史を敵に回さなかったということです。マケイン=ペイリンのコンビは、2008年の大統領選を一緒に戦ったのですが、その後大ベストセラーになったペイリンの自伝『ならず者で行こう(ゴーイング・ローグ)』の中に、選挙戦を通じてマケイン陣営からペイリンは「徹底して見下されていた」という記述があり、その結果としてペイリンのコアなファンからはマケイン議員は「目の敵」にされていたのです。ですから、ヘイワース候補が彗星のように現れた時には「俺達のペイリン姉御をバカにした爺さんを引きずり下ろせる」というような期待感(?)が「ティー・パーティー」の間にあったのは事実なのです。

 ですが、マケイン議員が狡猾なのか、ペイリンが大人なのか、あるいは共和党の内部でそうした力学が働いたのか分かりませんが、ペイリンは間接的にマケインを支持、結局は「ティー・パーティー系」であるにも関わらず、ヘイワース候補には加担しなかったのです。この辺りには、マケインの勝因という意味だけでなく、大きく見れば、11月の中間選挙に向けて、マケインを典型とする「穏健なクラシック共和党」と「ティー・パーティー」が分裂選挙ではなく、少しずつ協調を始めたという気配が感じられます。これはオバマの民主党に関しては大変な脅威です。

 それにしても、日本の政局と比べると、アメリカの方は分かりやすい構図です。今回の菅=小沢の対決は、背景も含めて極めて分かりにくいのですが、アメリカの場合は古典的な「小さな政府」と「大きな政府」の軸が良くも悪くもまだ健在だからです。

 そのアメリカの政局ですが、全く褒められないのはネガティブ・キャンペーンという悪弊です。このムードがそのまま、民主対共和の本選に持ち込まれ、それこそ移民問題や、「グラウンドゼロ」近隣のモスク問題など「ガチンコのイデオロギー衝突」が、仁義なき中傷合戦として行われるようですと、アメリカ社会は疲弊します。11月の中間選挙は、何と言っても財政に関する健全な政策論で選挙戦が戦われることを期待したいものです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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