コラム

同性愛者からの仕事の依頼を断るのは「表現の自由」なのか?(パックン)

2023年07月22日(土)20時22分

というのも、女性が起訴時の資料に「依頼人」として名前と連絡先を記載していた男性は実在する人物だが、米メディアが直接本人に問い合わせたところ、15年も前から結婚している異性愛者であって、原告の女性に仕事を依頼したことはないという。

しかも、(架空の?)依頼があったとする2017年の段階で女性はまだ結婚するカップル向けのウェブサイト作成という仕事を始めてもいなかったという。つまり、実害をひとつも被っていないのに、無理やりにでも裁判を起こしたかったようだ。まあ、保守派が多数を占め主導権を握っている最高裁判所も無理やりにでもこの裁判を取り上げたかったようだから、渡りに船だね。

原告と保守派の希望は叶ったかもしれないが、この判決は将来的にとても醜い展開にもつながり得ると、僕は考えている。

まず、たとえ同性愛者が市場経済で異性愛者と平等な対応を受ける権利を保障する法律があっても、表現の自由が優先される。これが判決の趣旨だが、「表現者」の定義は実に広い。判決文では「全種類のアーティスト、スピーチライターやその他の表現に関わるサービスを提供する業種の人々」または「無数のクリエイティブなプロフェッショナル」と、ものすごく広義に設定している。

同性カップルは「ないない」づくしに

この超包括的な定義であれば、コーディネーター、印刷業者、新聞記者、司会者など、言葉を使う仕事はもちろんのこと、写真家、ミュージシャン、(クリエイティブな)パティスリー、花屋、シェフ、美容師なども含まれる。これらの業種の方々は自分の意見や信仰に反する表現になると考えたら、特定の性的指向(または性別、人種など)を持つ人に対する、あらゆるサービスの提供を拒否してもいいことになる。

だから、今回の原告と同じ信仰の人が多い町では、例え同性愛者のカップルが結婚したくても、ブライダルコーディネーターも見つからない。ウェブサイトも招待状も作ってもらえない。会場を借りることができても、花など飾ってもらえないし、「○○家披露宴」などの看板も立ててもらえない。指輪の特注はできないし、規格品を購入しても、内側に名前などの刻印も入れてもらえない。披露宴を開けても、髪のセットをしてもらえない。お食事もケーキも作ってもらえない。司会進行もいない。式の翌日、新聞に結婚の報告も載らない。「ないない」づくしの結婚になり得る。

昔、これらのサービス「全部入り」で結婚式・披露宴を挙げさせてもらった身としては......いいなぁ。あとは親戚のおじさんによる「三つの袋」のご挨拶だけ禁じていただければ......と思いつつ、オプションてんこ盛りで「やりすぎる」選択肢も含めて、同性愛者の平等な権利は守りたい。

世の中には、同性婚に反対する業者ならサービスの提供を拒否するのもしょうがないだろう、と思う方もいらっしゃるかもしれない。そう思う最高裁判事もいるでしょう。それでは、お待たせしました! その考え方を検証するため、冒頭の話に戻ろう。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

春闘賃上げ率5.25%、34年ぶり高水準 ベア3.

ビジネス

中国ハイテク大手、オフショア元ステーブルコインを提

ワールド

ロシアの6月サービスPMIは49.2、1年ぶり50

ビジネス

日経平均は3日ぶり小反発、米雇用統計控え方向感出ず
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 3
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 4
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story